砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
アミーンはサクルのもとに取って返さなかった。

報告して指示を仰ぐことも忘れ、“リーン”を救うために駆け出していた。


「正妃様! ご無事でございますかっ!?」


アミーンは自身のマントを脱ぎ、“リーン”の裸身に触れぬよう覆い隠そうとした。

当然、剣は腰の鞘に戻してしまっている。しかも、律義者の彼は肌を目にすることも避けようと、横を向きながら近づいたのだ。


「正妃様……どうか、お返事を」


その瞬間、アミーンの視覚に入らない場所で何かが蠢いた。

“リーン”の黒髪は無数の針となり、意思を持ってアミーンに襲いかかる。にもかかわらず、反対の方向に顔を向けていた彼は全く気づかない。

何千、何万の針がアミーンの身体に突き刺さろうかというそのとき――。


「うわっ!」


アミーンは背後から襟首を掴まれ、サクルにより後方に投げ飛ばされた。


「愚か者が! 人と悪魔の区別もつかぬのかっ!?」


鋭い針と化した髪は向きを変え、すぐさまサクルに向かう。

それを、サクルは手にしたシャムシールで一閃した。髪は一瞬で力を失い、パラパラと地表に落ちる。

そのまま剣を逆手に持ち替え、サクルは横たわる女体に向かって突き立てた。


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