①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
 ――来た。

 今までとは違うモノ。

 異質なモノ。

 そんなものを初めて目にした時、人は恐怖し、動揺する。そこから綻びが生まれる。お前も元は人間だったんだ。怯える者にとってのそれが異質なら、逆に霊にとっての僕もまた異質。わかるだろう。記憶に関わるモノなら、僕のしてきたこと、しようとすることもわかるはずだ。

「……始めようか。これから僕は『君』の心理を読む」

 聞いているのだろう?

 ――ベッドの下の黒い影。

「僕は、これから徹底的に君を調べ上げ、全てを知る。明後日だ。ここから君は動けない。その時、君はもうこっち側にはいられない」

 動揺するがいい。……その綻びを、開いていく。
 影が、もぞもぞと動き出す。濃度が変化するように、点滅するかのように。

「灰川さん、あんた何を」

「静かに」

 触れることも。聞くことも。今の僕には不可能だ。しかし、こうして『伝える』だけで、切り崩すためのきっかけは作れる。
 奴は僕の行動に対して何らかの動きを起こす。その全てが、これからの武器になる。

「う……ん……」

 目を固定していた僕の耳に、瑞町夕浬の呻き声が届いた。意識を取り戻したようだが――それよりも今は。僕は集中をベッドの下に戻す。いよいよ立場が危うくなってきたのか、黒い影はその濃さを増しながらも、危うげに息を荒げている。

「夕浬!!」

 叫ぶ岡田怜二とは対照的に、僕は口を結んだ。

「――抜けたか」

 もうそこには陽炎のような黒い影の存在を認知することはできなかった。かわりに、白木の箱がひとつ、ぽつりと置かれていた。
 ――これは、どういうことだ?

『媒体』を、捨ててまで……。

 地縛霊にとってその場所に『留まる』ための特別な物、人、現象。それが『媒体』であり、奴そのもののルーツ。これを切り離すということは、心臓を放置していくことに等しい。――なるほど。留まるのはやめ、待つだけでなく奴も動くというわけか。

 ……僕は眠れる獅子を起こしてしまったのかもしれないが、同時に、この媒体は大きな手がかりとなるはず。この箱は奴と瑞町夕浬との因果をあらわすもの。命の標的が恐らく僕にも移ったこと以外は、今のところ収穫だ。





「……灰川、さん。何が……」


「事情はあとで説明します」

「あの……」

「なんです?」


 虚ろな瞳を床に向けながら、彼女は消え入りそうな小さな声で話しだす。


「夢を――見たんです。……今、気を失っている時に。昔の、哀しい夢」

 僕はその言葉に過敏に反応し、目を見開く。


 ――やはり、収穫は大きい。


「教えてください、その夢の内容。少しも漏らすことなく全てを……ね」


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