①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
トマラナイ・ニゲラレナイ

『来た』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……。

 奈落の底でさえ、こうも救いのない黒ではないだろう。

 闇の上に幾重もの闇を延々とのせていけば、今の景色に勝る暗さに到達できるだろうか。

 あれから、どれほどの時が経っただろうか。
 時刻はもう午前2時半を回っていた。

 ……あの男からの連絡は、まだない。

 こちらから連絡をこころみたものの、通話することはできなかった。なんとか夕浬のお祖母さんから知り得た真実を、メールで伝えることしか、今の俺にできることはなかった。事態は想像をはるかに超えて、深刻だ。


「まだ……灰川さんには繋がらないの?」

「ああ、駄目だ。完全に二手に別れたことが裏目に出た。すぐにお祖母さんから核心を聞きだせるなんて思ってもなかったからな……一体この後どうしたらいいって言うんだ!」


「ねぇ……」


「どうした?」


「……きた」


 その瞬間、俺は今まで経験したことのない程の悪寒に見舞われた。こんな、単なる一般人にすぎない俺でさえ奴の危険性を身をもって理解することができる。それは同時に、俺にも殺意が向けられているということなのだろう。

 吐き気を催す、肉の焦げた臭いが鼻をつく。

 それは確実に俺たちに近づいてきている。灼け尽くされるかのような、悍ましい悪意の吹雪。気が触れて、どうにかなってしまいそうだった。

 俺は震えの止まらない体で夕浬を抱きしめる。

 大丈夫、大丈夫だからと、情けない掠れ声で囁くことしかできない。


 ――恐ろしい。
 
 くるな!
 くるなくるなくるなくるな!

 逃げ出してしまいたい。

 泣きわめいて、失禁して、胃の中のものを全て吐き出して、狂ったように叫びながらここから離れたい。

 迫りくる絶望が孕むその悪意は、死よりも深い苦しみを自分たちに与えるであろうことは想像に難くない。




 ――でも。



 駄目なんだ。

 こいつをおいてはいけない。

 離したくない。離せない。

 死ぬことより。

 死よりも悍ましい恐怖に直面することより。



 こいつを、夕浬を失うことの方が俺には耐えられない。



「……夕浬、外の様子を……見てくる」


「え? だめだよ、お祖母ちゃんは絶対ここから出るなって……」


「わかるだろ……? ここにいても安全じゃない。絶対に破られる。ならここから少しでも離れ――」


「……玲二、やっぱり、もうだめだよ」




「……え」





「――もう、アレがこの部屋のすぐ外にたってる……」
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