①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
 ――『浅神友江』。

 私の祖母で、焼死した私の母、『浅神箕輪』の最後を看取った人物だ。愛嬌のある小柄な体躯に、切れ長の目。老いても未だに整った顔立ちだ。 昔は引く手数多のべっぴんだったのだと、よく当の本人から聞かされていた。

 急角度に曲がった腰を数分単位で直そうと背を伸ばすも、疲れてはすぐに元に戻 り、それでも諦めずに果敢に矯正を繰り返すのが癖だ。そのせいでせわしなく動く変な人だと近所に誤解されていたが、実際には明るく友好的な性格で、私が今 まで屈折して来なかったのは間違いなく祖母のおかげだ。


 挫けそうなときには、いつも祖母がいてくれた。


 苗字が私と違うのは戸籍上父の『瑞町』を名乗っているからで、本来の母方の性は『浅神』である。

 懐かしい匂いの立ち込める居間に玲二と座りながら、お祖母ちゃんのいれてくれたお茶を飲む。玲二は落ち着かない面持ちで座布団の上に正座していた。


「それで? どうしたんだい? なにか良くないことが起きてるってことはアタシにもわかるけど」


 皺の並ぶ細い目が、静かに私を向く。


 浅神では女系血統の特質なのか、私に劣らずお祖母ちゃんも、いわゆる『そっちの』感覚が強い。死に際の母の声を聞いているし、昔からこの世にいるべきでないモノを見かけてきたようだった。


 勘の鋭い祖母に、遠回しに説明しても茶を濁すだけだろう。


「単刀直入に聞くね、お祖母ちゃん。この中のものが何なのか、知ってる?」


 私はバッグから何重にも紙で包んだあの箱を取り出す。相変わらず常識外の重さだ。取り出しただけで、明らかに空気の質が変化する。



「その箱……」



 私は静かに白木の箱を開ける。中のあの黒い塊が顔を覗かせた瞬間、ビクッと、お祖母ちゃんの体が揺れた。細い目を大きく見開いて凝視すると、そのまま凍りついたように静止した。眼球は血走り、髪は逆立つかのようにいきり立っている。





「――ああ……。なんて事だい……」



 やがて力なくうなだれると、お祖母ちゃんの頬を涙が伝った。



「お、お祖母ちゃん、『これ』がなんだかわかるの……?」



  お祖母ちゃんは、小さく痙攣するように震えながら目を閉じた。なにかを伝えようと口を開くものの、喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。

 しかし、暫時の沈黙の後、閉じていた目を開き、悲痛なほど哀しげな視線を私に向けると、深く息を吐き出しながらたしかに、こう言った。











「夕浬ちゃん……あんた、今夜死ぬことになるよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……。
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