愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
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「この私を無一文で叩き出そうとしたから、お前のことをバラすと言ってやったんだ! さすがの美代子も、自分の不始末は親に黙ってたからな。それが、あのクソ爺め!」


美代子は極端に、桐生老に知られることを嫌がった。

父娘(おやこ)の確執というものだろう。それには彼も都合がよかった。種無しだと知られたら“桐生”を放り出される。それでは出世の道が断たれてしまうのだ。

そのため、ふたりは長年仮面夫婦を演じてきた。

だが桐生老は夫婦の秘密すら知っていたのである。

奈那子の出生を口にしない。その条件で桐生老は源次に金額を提示してきた。


「これ以上マスコミに桐生の名前が出るのは好ましくない、だと? 刑務所にブチ込まれたくなければ、はした金で政界から去れと言いやがった! 秘書のころから、三十年以上も桐生に尽くしたこの私を、お前の祖父さんはコケにしたんだ! それも、四十にもならん甥っ子に、桐生の地盤を継がせるとぬかしやがって!」


太一郎は奈那子の前に立つ。少しでも彼女を庇いたかった。だが彼女は太一郎の横をすり抜け、桐生の横にしゃがみ込んだ。


「お……とうさま。もう、やめてください。わたしからお祖父様にお願いして参ります。ですから」


奈那子は蚊の鳴くような声でささやき、父の手を取った。

だが、そんな娘の思いやりを桐生は振り払う。


「いらん! 刑務所なんぞ真っ平御免だ。もらえるだけもらって来たが……。お前にだけは教えてやろうと思ってな。お上品な仮面を被ったお前の母親は、ただのメス豚だ! お前の父親が誰かもわからんそうだ。いいか、腹のガキに、間違っても私が祖父だなんて言うんじゃないぞ!」


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