愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
そんな奈那子にとって、人生で唯一、羽目を外したのは太一郎との交際だった。

最初、太一郎の激しさと乱暴さが、奈那子の目には力強く映った。

臆病で弱虫な自分を変えて、“桐生”というしがらみから彼女を連れ出してくれるような、頼もしい男性。

もちろん今は、太一郎が見た目と違って繊細なことは承知の上だ。それでもあの祖父とかけ合い、奈那子との結婚にお許しをもらってくれたのは凄いと思っている。


父は祖父、桐生久義の顔色ばかり窺っていた。

奈那子にはよくわからないが、祖父は政治家としての影響力をいまだに持っているらしい。

三年前に亡くなった祖母は、母と同じ冷たい瞳をしていた。奈那子は祖母の視線を感じるだけで、背中が冷たくなるほど汗を掻いたものである。

それに引き替え、祖父は奈那子に優しかった。

でも母が祖父とは疎遠だったため、頻繁には会いに行けなかったのだ。


母は自分に似ていない奈那子を、父にそっくりだと責めた。

些細な失敗や人と劣る点は、すべて父の血だと言い続けてきたのに……。


(わたしは……いったい、誰なの?)


自分の中に流れる血は、いったい誰から受け継いだものなのか。

自分はこの世の中に、産まれてきてよかった命なのか。

そして、命のバトンを繋ぐ資格が、果たして自分にはあるのだろうか。


ふいに足元が砂のように崩れ始め……奈那子は眩暈を覚えていた。


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