深淵に棲む魚
二人は長い間、激しく交わり続けた。
どちらかが身悶える度、近くの色々な物が巻き込まれ、倒れた。
灰皿がひっくり返り、燻っていた煙草の火が、畳を燃やした。
それでも構わず行為に没頭していた。
やがて、周囲がざわざわと慌ただしくなった。
『火事だ』と誰かが叫んでいた。
『逃げろ』と他の誰かも叫んでいた。
叫び声で我に返ると腹部に違和感があった。
取り乱したせいで私は人魚に戻っていた。
驚き焦り、すぐに鱗を毟った。
目の奥がちかっとして、軽い眩暈が訪れる。
遠のく意識の中で、私はその光景を眺め続けた。
轟轟うねる炎の中で、逃げ惑う人々の喧噪に毛ほども耳を貸さず、二人の男女は求め合い、交わり、やがて火に呑まれ、消えて行った。