深淵に棲む魚
セミがうるさい夏の夕刻、駅の広場は足早の通行人で溢れていた。
片隅に座る男の三味線は、シャカシャカと掠れて鳴り、酷く乾いた弦の音は、歪んだ蒸し暑い空気とセミの合唱に負けてたやすく掻き消されて行った。
そのせいで、行き交う人々は男の姿などまるで見えていないかのように、次々とアスファルトを踏みしめ去って行った。
ちらりと男を眺め迷惑そうに舌打ちをするサラリーマンもいた。
男の三味線は頻繁に旋律を間違え、どもり、そして、途切れたり弾き直したりを繰り返していたからである。
仕事の疲れを引きずるように歩くビジネスマンにとって、それは耳障りなだけの代物だった。