あの時とこれからの日常
「…まず、新入社員のみなさん、ご就職おめでとうございます」

落ち着いた声が会場に響いて、一切のざわめきが止む

「ご存じのとおり、黒崎病院は地域に根差した医療を病院全体で作り上げていくことを目標に掲げています。そのためには医局にとらわれることなく、医療を展開していくことが最も大切だと、常々思わされる日々です。新入社員の皆さんには、経験を積みながらも自身の枠に捕われず患者と向き合っていって欲しいと切に思っています。また、新入社員を育て上げる立場である従業員には、初心を思い出すとともに培った経験や知識を惜しみなく次世代に伝承していってほしいと思います。簡単ではありますが、新入社員を加えた黒崎病院がさらに一つのチームになることを願って、挨拶としたいと思います」

アドリブの割にはさらさらと言葉を紡ぐ海斗に、新入社員から尊敬の目が向けられる

こういう時、海斗には届かない、そう思い知らされる

でも、今はそれでもいいんだって言える

届かなくてもいい、そばに居れればいい

海斗が少し前までたっていた場所に、追いかけるように立てれば

あの背中が少し前を歩いて行ってくれれば

それだけで、いいんだ

軽く頭を下げて壇上を降りようとする海斗と一瞬視線が合う

瞬間、海斗がしるふだけわかるように小さく笑みを宿す

さすがだね

そういうように微笑み返して無言の会話が二人の間だけで交わされる

そう、こういう瞬間があるのなら
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