それが一摘みの恐怖であったとして

だとしたら

「悲しい、と思うのは嬉しい、という感情があったから。
嬉しい、と思うのは悲しい、という感情があったから。
そのどちらかがかけていれば人間は物事の価値をそこを普通として考える。
悲しいしかなければ悲しいのが当たり前なのだからそれ以上に残酷なことが無い限りその人間の人生は常に普通だったと言えよう。
本人も全く同じことを言うであろう。
逆に嬉しい事が常な人生だったならばそれ以上歓喜する事が起きない限りその人生において嬉しいはあり得ないのだ。
普通、などこの世界に存在しない。
本人の価値観次第で普通というもののラインが変わってしまう。
しかしこれらはあくまでも全く何もない空間で他人との関わりが殆ど無い状態で、という条件付きだ。
実際は自分の周りの人間の生活を見て今の自分の状態をあくまでも周りの人間と比べて上か下かというなんとも曖昧な事が出来る。
それさえ無ければ人に普通は生まれない。
もっと言えば生まれたての状態から同じ親元を離した人間複数人をまったく同じ環境で生活させれば実験やらなんやらするさいに全く違いはない。
正しい実験データのみを集めることが出来る。
もっとも、そんなのは人権侵害だなどと自分の足元の下僕には目もくれずわぁわぁいう人がいる為に出来るものでは無いけれど。
しかしもしも仮にその考えが根底から綺麗さっぱり無くなったとしたら秩序は乱れただの荒廃した場所で共食いを始める野生の猿だらけになるだろう。」
「…君の話は実に不思議で古臭い。それでいて私に興味をそそらせるよ。」
椅子に座り話を聞いていた白衣の男は微笑みを崩さずにそう呟くように告げた。
「こちらもこうして話すことで脳内の整理がついて綺麗さっぱりする。」
向かい側の本の山の上に腰掛けながらひたすらに話し続けていた幼い顔立ちの君、と称された彼は無表情のまま返事を返し二、三メートルあろうかという本の山の上から飛び降りた。
山は隣に一緒に積まれていた本の山々のおかげで崩れることはなかった。
「じゃあ、またしばらく頼むよ。」
白衣の男はそう言うと椅子から立ち上がり背を伸ばした。
「分かった。ただし条件が一つある。」
その姿を眺めながら彼がそう返せば男は物珍しさを感じ彼を見た。
「君からのお願い事なんて一体どうしたんだ、まるで機械のような君が。」
その発言に表情も変えずに息をしているのかと疑うほどにぴたりと静止していた彼の唇が動く。
「新しい依頼が欲しい。」
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