蒼の光 × 紫の翼【完】



「どうしたの?」

「これ……」

「これ?多分描いた人の名前のサインじゃないかな?でもこんな文字知らないんだけどね。それがどうかしたの?」



わたしがその字を指差すと、アルさんはああ、それね、と言って説明してくれた。



「この字はわたしが元いた世界の文字です。しかもわたしがいた国の」



ここまできて中国語とは考えにくい。絶対に日本語だ。それに……



「おまえがいた世界では国によって言語が違うのか?めんどくさいな」


この世界では言語はひとつしかない。古代語みたいなものはあるらしいけど。



「……でも問題はそこじゃないんです」

「え?カノンがいた世界の文字だってことは大発見だよ?」



さらに怪訝そうな顔をしたアルさん。

わたしは思い詰めた声色で説明してあげた。



「この文字は確かに名前です。でも、普通の名前ではありません。この文字はスギサキって読みます。
そして、この世界に習ってわたしが名乗るとしたら、カノン・ラ・スギサキ。
スギサキはわたしの家名です」

「なんだって?!」



カイルさんならシュヴァリート、アルさんならハンターに位置する部分。


……これはどういう意味を示しているのだろうか?




「たまたま、ということはないのか?」

「たまたまではないと思います。この家名はあまりいないので」

「いったい、これは何を意味しているんだろうね……」




関係があるとしたらお父さんだけど、生憎産まれてこのかた父親の顔も名前も知らない。

お母さんはシングルマザーだ。


じゃあ、お母さんは紫姫について何かしら知っていた……?

でもお母さんからは何も教わっていない。


そう、教わっていない、教えられていないんだ。わたしのことも、家族のことも。

祖父や祖母、従兄弟も会ったこともないし、聞いたこともない。


……わたしは、自分について何も知らないんだ。



改めて実感した。自分は何も知らないと。

今すぐにお母さんに問いただしたいが、それは叶わない。



目の前が真っ白になった。何も考えたくない、絶望的だ。

自分が何者なのか、わからなくなった。




「おい、大丈夫か?」

「……はい」

「小屋に戻してあげたいけど、仕立て屋を待たせているからね……」

「わかっています……明日にはちゃんと立ち直るので」

「……」

「じゃあ、行こうか。リリーちゃん!そこにいる?」

「はい、おりますが」



ドアの向こう側からリリーちゃんの声が聞こえた。



「ドレスのこと、よろしくね?」

「はい。失礼します。カノン様、行きましょう」

「うん。カイルさん、ティノを見ていてください。終わったら迎えに来ますから」

「わかった」



わたしは肩に乗っていたティノをテーブルに降ろして、その小さな頭を撫でた。



「いい子にしててね」



わたしが笑いかけると、ティノは首をかしげてにゃーと言った。


……うまく笑えているかな。



「では、カノン様行きましょう」



リリーちゃんはティノを見て一瞬目を見開いたけれど、すぐに戻してわたしを促した。


カチャッと閉まる後ろのドア。



……もう、後戻りはできないのだと、その音で実感した。


……もう、あの、何も知らずに受験生として勉強をして、友達と笑い合い、お菓子を頬張っていたわたしには──────






< 69 / 161 >

この作品をシェア

pagetop