羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



 しかも、羅刹の身である彼らは、獣並みに聴力が優れている。

 自分の呼吸音や衣擦れの音だって、いつ勘づかれるかわからない。

 ばくばくと脈打つ心臓を叱りつけ、青木はそっと足を踏み出した。

 自分では太刀打ちできない。

 だが、中にいる生徒を見捨てられない。

 青木は足音を殺して歩き出した。
 
 そして保健室のある本館への短い渡り廊下まで来ると、震える足に鞭をうち、恐怖におののく喉から声を張り上げた。


「っ……誰か、誰か!」


 青木は、誰ともつかぬ人を呼んだ。

 誰でもいい。

 あわよくば教官が来てくれれば。

 そういう思いで小さく叫んだ。


「誰かっ、柔道場にっ……!
人が……!」


 すると、その時。

 ごん、と青木は何者かに正面衝突する。

 恐る恐ると顔をあげると、見上げるまでもなく、目線のほんの僅かばかりの上に人の顔があった。

 目は大きいが、瞳が胡麻のように小さい。

熊を彷彿とさせるぼさぼさの髪に、小柄なれど屈強な二の腕。

 保険委員で、居場所が保健室しかない青木がよく知る人物であった。

 たびたび喧嘩沙汰を起こしては、保健室に連行される少年。

 昼休みの半分を保健室で過ごす青木とは顔見知りだ。


「―――……う」


 彼は青木の名を呼んだ。

 苗字ではなく下の名前である。


「あ……」


 青木は血の気の引いた顔をしていた。


「おい、柔道場がどうした」


 彼は問うた。

 が、慌てた彼女の形相を見るなり、その少年は途端に、みるみる冷たい表情になっていった。

 そのまま視線を柔道場の出入り口にやり、


「……ちょっと待ってな」


 と、彼は青木の背中を押すやいなや、柔道場へと駆けていった。

 そしてそれから十数秒後、呆然としていた青木が耳にしたのは、複数の男女の悲鳴だった。





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