羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
3
ちょうど、酒童たちが卒業していった春から1年と数ヶ月後、日中は未だに汗が噴き出す秋の始まりの頃だった。
どこの世界に行っても、人間がいる限りは“いじめ”というものは存在するらしい。
保健室のそばにある柔道場の物置、言い換えれば教官がもっとも通りかからない場所で、当時15歳の青木は見てしまったのだった。
羅刹の訓練生と呪法学生は、学ぶことこそ違えど同じ敷地内で育ち、普通教科の学習では同じ校舎を使う。
だから未来の羅刹と未来の呪法班員は、合同でひとつの保健室を使うのだ。
ゆえに、青木はいまこんなことになっている。
「なあ、こいつどうしよっか」
「とりあえず脱がそうぜ?
どっちにしても“お楽しみ”はあるわけだし」
「ねえ、あたしも見たいんだけど」
「おい、ちゃんとケータイのカメラ出しとけよ」
物陰で息を潜め、青木は物置で行われようとしていることを、その会話から察した。
その恐ろしさに、青木は慄然として震え上がった。
羅刹、または羅刹になるための薬品を投与された者は、原則として一般人に手をあげてはいけない。
それは許されざる大罪とされ、羅刹の一般人に対する暴力に関しては、少年法も通用しない。
悪意を持ってやったことならば、なおさら懲役期間は長い。
悪くすれば死刑である。
しかし、羅刹同志での暴力については、同じレベルのものとされ罪は重くならない。
それが裏目に出ているのだ。
羅刹の訓練生たちは、一般人も同然の身体である呪法学の生徒には手が出せない。
だから彼らは、標的を“羅刹の中でも弱い方の人間”に定めたのだ。
おそらく、中で悲痛な呻き声を上げているのは、女子訓練生だろう。
猿轡をかけられているらしい。
「ははっ、そうそう。
そんくらい抵抗してくれりゃ、こっちもやりがいあるわ」
中から聞こえてくる男子訓練生に、青木は激しい憤りを覚える。
こんな男でも、訓練を収めれば羅刹になれるのだと思うと、心底から嫌になる。
こんな人間たちが社会に出ていいはずがないのに。
ましてや、人を守る羅刹になど……。
しかし、青木はそこに飛び出すことはできなかった。
彼らが呪法学の生徒に手が出せないことはわかっているのに、青木の中で絶え間無く湧き出る恐怖心が足かせになる。
止めたい、助けてやりたい。
けれど、怖い。
青木は、衣服が肌とこすれ合い擦れる音に、ただ震撼していた。