羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「いえ、待ってなどおりません。
むしろ早いくらいです」
加持は空亡に深々と礼をする。
それをしげしげと冷たい眼で見下ろすと、空亡は身に纏った狩衣の袂をなびかせ、手を横に払った。
「皆の者、これより鬼子の処遇を決定する会議ぞ。
並べ!」
空亡の声が大広間の空気を裂くと、先ほどまでここに立ち込めていた濃霧は、風に吹かれた塵のごとく掻き消える。
妖たちは頭目の命令が下されるなり、羅刹一行に向かい合お、素早く列を整えて畳の上に座した。
(あれが空亡……)
酒童は固唾を飲む。
一見は華奢な少女のようであるが、その眼に人らしさなどない。
どんな物事を前にしても感情を表したりはしない……そんな感じの蒼い眼だ。
あれこそが、妖の頭領たる者の眼か。
酒童は恐懼さえしてしまいそうだった。
その時、加持が後ろから酒童の手を軽くつねる。
「痛」と声を漏らす酒童に、加持は顔に似合わず柔和な口調でこう言った。
「大丈夫だ、彼らを畏れるな。
何があっても、君に危害を加えさせたりはしない」
耳元で囁かれ、酒童は口を噤む。
危害を加えさせない、とは、もしや自分は危害を加えられそうになるのが前提なのだろうか。
酒童には「はい」と返しつつ、浮かんでやまない疑問を無理に引っ込める。