狡猾な王子様
「お願いだから、泣かないで。女の子に泣かれるの、本当にダメなんだ……」


英二さんはどこか悲しげに微笑むと、カウンター越しに身を乗り出してそっと顔を近付けた。


なにをされたのか、まったくわからなかった。


目尻にフッと吐息が当たったことに気付いて、そこでようやく英二さんの唇が瞳の傍にあるのだと知る。


「え……?」


それは、キスなんて言えない。


きっと、そんな風に言える程のものじゃない。


肌を僅かに掠めた唇は、ただ私の瞳から零れる雫をそっと掬っただけ。


それなのに……。


痛む胸の奥が酷く高鳴って、さっきまでは胸が引き裂かれてしまいそうな程に苦しかったはずなのに、愚かにも“嬉しい”なんて思ってしまった。


それでも、状況を整理出来ない頭の中は丸めた紙のようにグチャグチャで、それを敏感に受けた体が勝手に動く。


「やっ……!」


再び私の目尻に唇を寄せようとした英二さんを、咄嗟に伸ばした両腕で拒絶した。

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