もう一度愛を聴かせて…
「とにかく、乱暴されたんじゃないなら、相手の人もまじえて話をしましょう。ちゃんと結婚の話になるなら、お母さんだって」

「それは無理じゃないかな。だろ? 昨夜電話で若菜が泣く様に産みたいって言ってた。でも、相手は堕ろせって言ってるんだろ?」


わたしはお兄ちゃんの言葉にドキンとした。

橘さんはわたしが産みたいって言い出したのにビックリしていた。困ったような声で『今さら』って。

そりゃそうだろう、中絶のために急いで病院を探してくれたのに、急に産みたいなんて迷惑なだけだ。

橘さんだって社会人になって二年目なのだ。それに、警察官僚に『スキャンダルはご法度』だとお父さんが言っていた。

これって、それこそ大スキャンダルだろう。


「優、あなた知ってたの?」

「昨夜、携帯で電話してたのを聞いたんだ。俺が取り上げようとしたら、水に放り込みやがった」

「若菜ちゃん! どうして? どうしてそんな人を庇うの? あなたは遊ばれたのよ。認めるのは辛いでしょうけど、相手は同じ高校生なの? それとも大学生? まさか、警察の人なんてことは」

「馬鹿を言うな! 警察官がこんな真似をしたら、懲戒ものだ!」


それまで黙っていたお父さんが不意に声を上げた。

わたしはお母さんの言葉にビクッとしたんだけど、お父さんの怒声のおかげでごまかせた気がする。 


「とにかく、妙な医者はダメだ。若菜の身体に万一のことがあっちゃいかん。母さん、大学病院に予約をとってくれ。きちんとした病院で診察を受けて、問題がなければ、すぐに処分してもらえ。いいな」


お父さんはそれだけ言うと椅子から立ち上がり、応接間から出て行こうとした。


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