もう一度愛を聴かせて…
でも、そんなことは気にしていられない。わたしはその隙に市村さんを突き飛ばし、テラス窓から庭に飛び出していた。


「出て行って! 出て行かないんなら、大声で叫ぶんだから! 近所の人に知られてもかまわないもの。あなたのこと訴えてやる!」


自宅は住宅街のど真ん中。隣の公園からは子供の声が聞こえ、母親たちの姿もチラチラ見えた。


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。親のいない留守に、男を連れ込んでたって言われるだけだぞ。親父さんの名前にも傷が付く。それでもいいの?」

「五十メートル先の角には交番もあるんだから! 告訴してやる。父にも話して、あなたなんかクビにしてやるわ」

「痴話げんかで馬鹿じゃないって思われるだけだって。あの公明正大な署長さんが、娘の不始末に手を貸すと思うわけ?」

「誰にどう思われたっていい! あなたに抱かれるなんて……死んだってイヤ! 早く出て行ってよ!」


わたしは本気だった。本当に叫ぶつもりだったし、塀を乗り越えて道路に飛び出し、交番に駆け込むつもりだった。


「僕に逆らったらどうなるか……覚えてるんだな」


本気が伝わったのか、市村さんは悪役そのものの捨て台詞を残して、部屋から出て行ってくれたのだった。


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