RED ROSE


 自分でも判らないままに瞳が潤みだす。堪らなく哀しかった。

 ――朝比奈さん……!

 芽生えたばかりの恋心は、夕方、柔らかく斬られてしまった。しかし、他に行く宛もない。

 ドアに掌を当て、ずるずるとその場にへたり込む。裂かれたカッターの隙間から熱風が侵入し、思わず体を縮めた。

 ――助けて……。

「助けて……!」

 蚊の鳴くような声でそう言い、その場にうずくまる。

 せめてここにいさせて……。ドア一枚隔てた場所に大翔がいる。そう思っただけで、美玲の気持ちはほんの少し、癒されるようだった。

 時計の針はまだ九時を回ったばかりだが、部屋が暗いので、恐らくもう眠っているのだろう。駐車場にバイクもあったので、帰宅はしている。だからこそ、美玲はそこにいたかった。

 ドアに当てたままの掌がじんわりと湿ってくる。と、突然、ドアノブの動く音がし、美玲は慌てて立ち上がり後ずさった。

「……日向さん!」

 静かにドアが開き、顔を出した大翔が怪訝な顔で美玲の名を呼んだ。“普通”ではない姿に驚いている様子が、瞳に明らかに表れている。

「あ……」大翔の反応に美玲が慌てて背中を向けると、背後で大翔の動く気配がした。

「外で音がしたから……。ずっとここに?」

 そう言いながら、大翔が美玲の肩にそっとシャツをかけてくる。美玲は肩をすくめ、肩越しにゆっくり、大翔を振り返った。

「……ごめんなさい」

 初めて逢った時も、こんな風にシャツを貸してもらった。その類似する事態に、美玲は瞼が熱くなるのを感じた。

 ――いつも、こんな……。

 押し倒された時にどこかに打ち付けた箇所が鈍く痛む。抱えている現状がとても辛かった。

「……ごめんなさい」

 どうしていいか判らず、ただその言葉だけを繰り返す。すると、まるで包むように、大翔の優しい声がした。

「散らかってるけど入って。このまま帰せない」

「……」

「入って。ここじゃ人目につく」

 優しさにほんの少し強さを乗せた声が美玲を包む。美玲はシャツの前を合わせて握り、ゆっくり大翔の方を向いた。

「……ありがとう」

 ドア越しに、大翔の部屋の明かりが確認できる。美玲は黙って、促されるまま、大翔の部屋に入った。
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