RED ROSE
突然、背後でしゃがれた声がし、美玲はぴくりと体を硬くした。
「お前さっき、男と話してたろ」暗闇のキッチンに、しゃがれた声の主が入ってくる。
「嫌……」
その存在に、美玲はガクガクと肩を震わせ、小刻みに首を振った。
「嫌……」
――助けて。
「まだ十六のくせして、もう色目使ってんのか」
「……違う」
空になった酒の瓶が握られた右手。酒臭い息が、ゆっくり近付いてくる。
「嫌……!」美玲の手がシンク下に伸び、包丁の柄を掴んだ。
「来ないで……!」
――もう嫌。
「来ないでよ……!」
――絶対にもう嫌!
「来ないで!」
美玲はそう言うと、後ろ手に掴んだ包丁を振り上げた。
無数のヘッドライトが浮き上がらせる細い脚。ガードレールにぶつかりながら、ふらふらと美玲は歩いていた。
口角には血が滲み、両膝からも血が流れている。制服のカッターは血で汚れ、所々避けて肌が覗いていた。
――帰れない。
唇を噛みしめる度、血の味が口腔内に拡散する。飛び出してきたので、財布やスマートフォンも家に置いてきてしまっていた。
これからどうしよう。行く宛もなく彷徨いながら美玲は何となく、明るい夜空を見上げた。
――何で、生きてるんだろう。
あっさり弾き飛ばされた包丁が、シンクに落ちて派手な音を立てたキッチン。酒瓶で顔を殴打され、そのまま床に押し倒された。
「いやぁ!」
のし掛かられ、酒臭い息でざらざらと体をまさぐられながら、必死に手を伸ばし、転がっていた酒瓶を掴んで無我夢中で降り下ろし、後は必死で逃げてきた。助けてくれる手は、どこにもなかった……。
泣くまいと頑張る瞼が熱を持つ。ふと気付くと、美玲は大翔の住むアパートへとたどり着いていた。
無意識で歩いていたので、目の前の景色に自分で驚く。早足で裏に回って部屋を見たが、大翔の部屋に灯りは点いてなかった。