RED ROSE
美玲はそう言うとそっと手を伸ばし、ハイボールの缶を大翔の手から取った。
――あいつが飲んでる訳じゃないもの。
父親と大翔では、飲み方も全然違う。それに今までも、何度か大翔が酒を飲んでるところを見た事があるが、酔っぱらった姿は見た事がない。そっと、缶を口元に近づけると、突き刺すような感じのアルコール臭が鼻をついた。その匂いに少し戸惑って一瞬、躊躇してから、美玲はゆっくり、缶の中の冷えた液体を口に含んだ。途端に、鼻をつくような尖った刺激と炭酸の泡が口の中に溢れる。予想以上の刺激に、美玲はあっさりむせた。
「美玲ちゃん!」
激しく咳き込む美玲に大翔が慌てた様子で背中をさする。美玲が持っていたハイボールの缶が揺れ、こぼれでた液体が大翔のTシャツを濡らした。
「あ……」
気付いた美玲が慌てて大翔を見上げると、大翔はにっこりと微笑み、美玲の手からハイボールの缶を受け取って流しに置き、躊躇う様子もなくTシャツを脱いで、そのまま水道で濡れた部分を軽く洗い始めた。
「ごめんなさい」
「いーよいーよ、部屋着だし落ちるから気にしないで」
軽く布地を擦った後、両手でぎゅっと絞り、台所横の洗濯機に放り込む。とその時、美玲は大翔の胸のTATOOに気付いた。
「それ……」
TATOOというものを初めて見たらしく、美玲が瞳を見開いてそれを指差す。その仕草に、大翔も自分の胸へと視線を落とした。
「それ、十字架……?」
「あ……」
十六歳の少女の前で躊躇いなくTシャツを脱いで上半身をさらしてしまった事に、その時になってようやく気付いたらしく、大翔が慌てて背を向ける。
「ごめん」
そう言い、自分の部屋へと入ろうとした大翔の腕を、美玲が掴んだ。
「見せて……」大翔の前へ回り込み、筋肉質の胸をじっと見つめる。黒十字架に絡み付いている紅い茨。ファッションと言うよりは、何かの罰めいた感じに見える。
「泣いてるみたい、これ……」
黒十字架に絡み付いている紅い茨はまるで、血の涙を流しているようだ。
「これ、ファッションで彫ったの……?」
ささやくように、美玲が訊く。
「これは……」自分のTATOOを見つめ、大翔は少し辛そうに目を伏せた。
「以前に言ったよね……。俺は、前科者の殺人犯って……」
大翔の言葉に美玲が顔を上げる。瞳と瞳が交わった。大翔の瞳の真ん中から、底知れぬ闇が、まるで染み出すように広がり始める。その暗い様に、美玲は言葉を失った。
「俺が殺した相手を忘れない為に彫ったんだ……」
光を失った二つの闇が、美玲を飲み込んだ。