RED ROSE


 一瞬の闇の後で瞼が開き、大翔ははっとした。呼吸が乱れている。明かりを落とした暗い自室のベッドにいるとすぐに気付き、安堵しながら上体を起こす。

 ――また、あの夢か……。

 時計に目をやる。まだ、深夜二時を回ったところだった。

 真冬にも拘わらず、額と首筋、背中に不快な汗を感じた。Tシャツがベッタリと体に張り付いて微かに臭気を放っている。就寝前に暖房を落とした室内はひんやりと冷え、熱を奪われた首筋から悪寒が走る。大翔はベッドを抜け立ち上がると暖房を入れ、クローゼットから新しいTシャツを取り出した。暖房の生温い風が濡れた肌を通過する。大翔は隣の部屋で眠っているはずの美玲に気を遣いながら、そっと部屋を出、バスルームのドアを開けた。着ていたもの全てを床に投げ捨て、シャワーを浴びる。まとわりついていた汗の臭いが消え、新鮮な水の香りへと変わった。

 ――光。

 生まれて初めて恋し、心も体も愛し合った相手。既にこの世にはいないが、忘れられない少女(ひと)。そう、決して忘れられない。なぜなら――。

 その時、ドアの外で微かな物音を感じ、大翔の感傷が強制的に終了する。シャワーを止めバスタオルを手に、窺うようにそっとドアを開ける。暗闇の中、自分の部屋の前にたたずんでいる美玲の姿が見えた。大翔を見つけた美玲が、瞳を見開いて見じろぐ。大翔は素早く体を拭くと急いで新しい衣服を身につけ、バスルームを出た。

「ごめん、起こしちゃった?」

 大翔の問いかけに美玲が黙ってかぶりを振る。「喉が乾いただけ……」

「ごめんね、暖房かけすぎたみたいで汗かいちゃって」

 大翔はなぜか、そんなふうに、無意味な言い訳をした。なぜそんな事を言ったのか自分でも不思議だったが、咄嗟にそう言ってしまっていた。

「……おやすみなさい」

 小さくそう言い、美玲が自分の部屋に入る。その後で大翔も自分の部屋へと戻った。

 部屋を出る前は温く感じていた暖房が今度はやけに熱く感じる。大翔はリモコンを手にとると暖房を落とし、ベッドに入った。

 また、あの夢を見るんだろうか? そんな不安が一瞬、頭をかすめたが、昼間の疲労からすぐに瞼が落ちた。




 翌日、バイトが休みだった美玲は市内の図書館へと足を運んだ。目的は大翔の過去を探る為だった。

 同居を始めてから三ヶ月。決して“一線”を越えようとしない大翔の全身を覆う抑制された雰囲気。それが“前科”という過去のせいだと美玲は考えていた。

 ――知りたい。

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