RED ROSE


 勤務中という事もあり、先輩スタッフが少し軽い足取りで美玲の側を離れる。美玲は、先輩スタッフの姿がカウンターに消えたのを確認した後で、脱力した様子でソファに背中を沈めた。

 ――お母さん……。

 確かに美玲は母親似らしく、似てると言われる事は多々あった。しかし、母親の姿とワンセットで思い出される人影。そのシルエットが脳裏に浮かんだ瞬間、胃のあたりからせり上がるものを感じ、美玲は思わずトイレに駆け込んだ。

 ――嫌だ!

 離れて再認識する憎しみと怒り。母親の来店が一緒にその人物も連れてくる気がして、美玲は身を震わせた。

 ――忘れたい。

 母親が直接的に悪くない事は判っている。しかし、間接的には同罪ではないかという気持ちもあった。

 どんなに悲鳴をあげても、助けてくれなかった背中。怯えて震えているだけの二つの瞳。

 どうしよう、また来たら……。狭い個室の中で、右回りで流れて行く水を見つめながら、必死に呼吸を整える。そろそろ大翔が来る頃だった。




 店に入った大翔は、いつもの席に美玲がいないので、少しの間辺りを見回した後、彼女の鞄が放り出されているソファの向かいの席に座って彼女を待つ事にした。

 トイレかな。デニムの尻ポケットから携帯電話を取り出して連絡しようとして手を止める。飲みかけのカフェモカが店内にいる事を示してている。気長に待つ事にした。

 ――クリスマス……か。

 店内を彩るクリスマスの装飾。様々な光を点滅させる存在感たっぷりの大きなツリーが目にとまり、大翔は一瞬、息を止めた。

 あれ以来、大翔はこの時期が苦手だった。この手の装飾を視野に入れないようにしている。なぜなら、きらきらと光輝くこの装飾たちは、大翔に嫌でも彼女を思い出させるからだった。

 まるでせりあがるように襲いくる苦しさは、恋人がいない寂しさの比ではない。だからあれ以来、大翔はこの手の装飾をできるだけ見ないよう、努めていた。

 ――光。

 あの街に、全ての思い出と共に置いてきた彼女。二度と帰れないあの街……。彼の帰郷等、決して許してはくれないだろう、あの街……。

「ごめんなさい」

 突然、美玲の声がし、大翔は我に返った。いつの間にか、美玲が側に立っていた。

「どうしたの?」

 大翔の顔を覗き込むように美玲が視線を下げる。恐らく、顔色がよくないのだろう。大翔は動揺を悟られないよう口元に手をやり、軽く首を振った。
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