RED ROSE
別離


「お母さんは、寝ていたお父さんの頭部を酒瓶で何度も殴打し、更にベルトで首を――」

 霊安室で刑事から事件の詳細を聞きながら、美玲は力なく“父親”だった塊を見下ろしていた。

「心肺停止状態で搬送されましたが、その後――」

 美玲が思わず口を押さえる。それを見て、刑事は言葉を切った。

 大翔は少し離れた場所でその様子を見ていたが、刑事が視線を向けてきたので、その視線から逃れるように、うつむいた。

 ――どうして……。

 刑事と面している顔半分にまだ視線を感じる。大翔は唇を引き結び、じっとその視線に耐えた。

「母は……なぜ……」

 口を押さえていた美玲が、声を震わせながら刑事に訊ねる。その問いで、刑事の視線が大翔から外れた。

「積年の恨み、とだけ……」

「そう、ですか」

 刑事の言葉に、美玲が鼻をすすってうなだれる。

 ――積年の恨み……。

 大翔は思わず目を閉じた。美玲の母親は、自分の夫が娘にしていた行為を知っていた。知っていながら、自身もDVを受けていた為、見て見ぬふりをせざるおえなかった。

 あなたしか、彼女が頼れる人はいなかったはずなのに……。美玲の母親の気持ちが理性的には理解できても、なぜ、こんな形だったのかと言う気持ちが頭をもたげてくる。他にも解決方法があったのではないか? それとも、発作的に殺害に至ってしまったのだろうか?

「母は、どうなるんでしょうか……?」

 小さく美玲が訊くと、刑事が言葉を続けた。

「その話は、今は――。あの、お父さんのご兄弟やご親戚の方の連絡先は、ご存知ですか?」

 刑事の言葉に美玲が無言でかぶりを振る。

「母の両親や叔母の連絡先は知っていますが、父の方は判りません。数年前から一切連絡をとっていないと、母が言っていたような気が……」

「なぜ?」

「……判りません」

 電話をかけてきた馬渕という警察官もこの刑事も、未成年である美玲を気遣っている。言葉の端々にそれが表れていると大翔は感じた。

「――ではひとまずその、お母さん側のご親族に連絡をとってください」

「……はい」
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