RED ROSE
美玲は軽く頭を下げ、やや上目使いに菅原を見た。
「あの、お話って……」
「ああ」
菅原は食べていた柿の種の袋を輪ゴムで閉じると、美玲を取調室の一つに通し、「コーヒーでいいかな」と問いかけてきた。美玲が「はい」と頷くと、菅原はドアを半開きにしたまま一度廊下に出、すぐに缶コーヒーを手に戻ってきた。
「きみの店のコーヒーに比べたら、そんなに美味くないけど」
少し恥ずかしそうにそう言う菅原に、美玲は少しおかしくなり、思わず表情を崩した。
「お母さんの事なんだけど」缶コーヒーをテーブルに置くなり、管原が早速話を切り出したので、美玲は少し身構えた。
――聞きたい。
素直な欲求がそこにあった。ただ、母の話ではなく、できれば大翔の話がしたかった。しかし、『署で』と菅原に言われたので、恐らくそんな訳にはいかないだろう事も判っていた。
「お母さんは一貫して、お父さんを殺した動機を“積年の恨み”と述べていたんだけど……実は、先日きみと会って、その供述に違和感を覚えた」
「……はい」
管原が慎重にゆっくり言葉を選んでいるのが、美玲には判った。この先、何を訊かれるのか、まるで薄暗い部屋が徐々に陽の光を浴びて明るくなるような、そんな夜明けの、少し切ない感覚にとらわれ、美玲は息を詰めた。
「きみ自身も“自分たち家族は普通じゃない”。そう言っていた。だから、単刀直入に訊こう」
菅原が、何かを決意したようにじっと美玲を見た。
「きみがお父さんから受けていた暴力は、殴る、蹴る、以外のものだったじゃないかい?」
瞬間、美玲の瞳孔が散大した。そして菅原はそれを見逃さなかった。間髪入れずに言葉を継ぐ。
「逃げ出したきみと偶然出逢った朝比奈くんは、きみの様子からきみが何をされたのかを察し、きみに手を差し伸べた。違うかい?」
まさに一を聞いて十を知る。ほぼ全てを言い当てられ、美玲は驚愕した。
「な、ぜ……」
動揺を隠しきれない十六歳の少女は、静かに震えた。
あたしは何も話してない。一言だって、父にあんな事をされてるなんて……。そんな想いが、まるで暴風雨のように胸に吹き荒れる。しかし、目の前の刑事に、これ以上の誤魔化しは通用しそうになかった。美玲は観念し、こくりと頷いた。
「お母さんは……」管原が再び口を開いた。
「お母さんは、きみがお父さんに暴行されているのを知っていた。しかし、お母さん自身もDVを受けていた為に、きみを助けてあげられなかった」
美玲はまた、黙って頷いた。それを確認して、管原が続ける。
「――だから、きみが家を出ると言った時、引き止めなかった」
また、頷いて、管原が確認する。