RED ROSE


 ゆったりと流れる時間の中、穏やかに陽が傾き、青かった空がオレンジ色に変わってゆく。光の波長が変わってきたのだ。大翔は立ち上がると会計を済ませ、店を出て駐車場に停めていたバイクにまたがり、ヘルメットを被った。キーを取り出してエンジンをかける。

 ――俺は、彼女に何もしなかったんじゃないのか?

 バイザー越しに前を見据えた瞬間、不意にそんな想いに駆られ、大翔は息を呑んだ。

 同居して、夜道を一人歩きさせないよう、また、万が一の父親の尾行を避ける為、バイト先に迎えに行っていた日々。しかし、それ以外に自分は美玲に何をしただろう? 何もしなかったのではないだろうか。

『……警察に行けないなら、僕がきみを守るよ』

 美玲が父親から性的暴行を受けている事を知った時、自分は確かにそう言った。しかし、本当に守っていたのだろうか?

 いや、違う。ただ、一緒に暮らしていただけ。それ以外には何もしていない。決して“守って”いたとは言えない。しかも、俺は――。

 大翔はもう一度息を呑み、目を伏せた。

 ――俺は知っていた。

 美玲の気持ちを知っていながら、何度も拒絶した。守ってない上に、傷つけていた――。

 じわじわと胸の中に、美玲への申し訳ない気持ちが溢れてくる。喉の奥に感情がたまり、締め付けられるような痛みが胸に広がった。

 ただ、雨露しのげる場所を提供していただけ――。

 オレンジ色の空の端が、濃い青紫へと変化を見せ始める。冬の、早い日暮れだった。
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