RED ROSE
記憶の中の獣たち


 まだ暖かいデニッシュとマフィンを一つずつナイロン袋に入れ、店のロゴ入りの袋に詰め直し、手に持つ。

「お先に失礼します」

 元気よくそう言って、美玲はバイト先を出た。

 二月になったばかりの街はどこまでも甘く華やかなバレンタイン一色。そんな街並みを一瞥し、美玲は駅へと急いだ。大翔に会う為、彼女は急いでいた。どうしても、大翔に逢いたかった。

 日曜日の夕方。駅は帰路を急ぐ人々で混雑している。美玲は券売機で切符を買うと改札を抜け、ホームへの階段を駆け上がった。丁度、電車がホームに滑り込み、美玲は開いたドアに体を滑り込ませた。席は空いていなかったが、二駅なので構わない。ドア近くのポールに捕まり、動き出した車窓に流れる景色を見る。流れる方向は逆だったが、久しぶりに見る景色だった。

 事前に連絡をすると大翔が逢ってくれない気がして、何も連絡せずに向かっている。デニッシュとマフィンの入った袋を握る手が少し緊張していた。




 電車を降り、駅を出た美玲は暗くなり始めた空を気にしながら、以前暮らしていたアパートへの道を急いだ。ガサガサと、店のロゴが入った袋が音をたてる。その意外に煩い音に少し眉をひそめながら、美玲は歩を進めた。

 ――大翔さん。

 どうしようもないくらい逢いたさが募っていた。それが知らず知らずの内に歩を速めている事に美玲自身、気付いている。

 冬の日暮れは早い。美玲は駆け出した。闇がまるで周囲から迫るように自分に追い付いてくる。そんな錯覚と恐怖に美玲は体を強張らせた。

 やがて遠くに、見覚えのあるアパートが見えた。以前、大翔と暮らしていたアパートだ。

 駐車場のバイクは確認できなかったが、ドア横の窓に灯りが点っているのが見え、美玲は思わず顔をほころばせた。

 中に大翔がいる。そう思って足を一歩前に踏み出した瞬間、横の路地から何かにぶつかられ、美玲はその場に倒れた。

「きゃ……」

 声が洩れる。一体何が起こったのだろうと体を起こそうとした瞬間、後ろからいきなり抱き着かれ、美玲は思わず小さな悲鳴をあげた。
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