RED ROSE
「悲鳴を聞いてドアを開けたら、公園から飛び出すきみが見えた。急いで駆けつけたら、この袋と鞄が落ちてて、きみだとすぐに判った」
そう言って、大翔が店のロゴの入った袋を持ち上げる。美玲はごくりと唾を飲み、それから脱力した。
一方の大翔も今更、震えているようだった。繋いだ掌越しに、震えが伝わってくる。
「……驚いた?」
その時、まるで美玲の気持ちを見透かしたように大翔が口を開いた。
「親父が格闘技マニアで、物心つく前から稽古してたんだ」
「あ……」
その説明で、美玲は得心した。さっきの大翔の身のこなしは普通ではなかった。素人の美玲が見ても、何か、武術か武道の心得があると思わせた。それ程、大翔の身のこなしは見事だった。
「怖くなかったの……?」
二人でアパートにたどり着く。大翔がかぶりを振った。
「怖いよ」
大翔の手の震えは止まらない。
「でもね」と続けて、大翔はゆっくり、美玲の方へ体を向けた。
「一番怖かったのは……俺自身」
「えっ?」
ゆっくりと、どちらからともなく繋いでいた手が離れる。美玲には、大翔が何を言っているのか判らなかった。
「どうして……?」
素直な言葉が洩れる。その問いに大翔が頷いた。
「人を殺した事があるって言ったよね? さっきみたいに誰かと対峙すると……その時の事がフラッシュバックして、当時に立ち戻る。そして、後でとてつもなく、怖くなるんだ」
ずしりと、胸に鈍く響く言葉だった。大翔の掌がなぜ震えていたのか、美玲はその言葉で理解した。
「寒いから、入ろう」
まだ微かに震える指で、大翔がドアを開ける。美玲は無言で、久しぶりのかつての“我が家”に足を踏み入れた。明かりが点きっぱなしの台所が、大翔の驚きと動揺と、素早さを物語っている。美玲は靴を脱ぐと真っ直ぐにその台所に向かい、慣れた仕草でお茶を用意し始めた。
「中、無事だよ」
二人で食事をとっていた小さなテーブルの上にロゴ入りの袋を置いて大翔が言う。美玲は頷き、二人分のコーヒーをマグカップに淹れてテーブルに置いた。
「ごめんなさい、空いてるコップ勝手に使っちゃった」
申し訳なさそうに美玲が言うと大翔は小さく首を振って、寂しそうに頷いた。大翔の手はまだ、震えている。見ていられなくなり、美玲は思わずその手を握った。
「ヒカルさんをまだ、愛してるんですね……」
大翔が驚いた様子で体を緊張させる。美玲は項垂れ、呟いた。