RED ROSE


「大翔さん……!」

「早く!」

 ぐずぐずしている美玲に大翔が怒鳴る。と、うずくまっていた男が低い体勢のまま、大翔に向かって半円を描くように右腕を突き出した。シュッと言う空気を裂く音がし、大翔が飛び退く。軽やかな動きと共に、男の手元が街灯に照らされ、銀色に光るナイフが握られているのが見えた。

「さ、刺すぞ!」

 腰を低くして男が唸る。しかし、その手が若干震えている事に美玲は気付かず、新たな恐怖に立ちすくんでしまった。立ちすくんだ美玲に、大翔を牽制しながら男が迫る。と、その時、大翔が言った。

「俺の女に何やってる」

 まるで腹の底から絞り出されるような低い声に、美玲がはっと大翔の方を見る。すると、男が何か叫びながら、大翔に向かってナイフを振りかざし、突進した。

「大翔さん!」

 恐怖で美玲が叫ぶ。しかし、大翔に動じる様子はなく、先程と同じように軽いフットワークでその銀の切っ先をかわすと、手刀でナイフを叩き落とし、まるで加速する男の勢いを利用するようにして、男を路上に投げ落とした。叩き落とされたナイフが地面をスピンして側のブロック塀にぶつかる。路上に叩きつけられた男がよたよたと体を起こそうとした瞬間、その鼻先に銀の切っ先が突きつけられた。

「ひ……」

 ぬっと突き出されたナイフの刃先に男が目を剥く。呆然と立ち尽くす美玲の目前に、大翔の背中があった。

 目を剥いたまま、おののいた様子で男が恐る恐る顔を上げると、そこには、先程まで男が振り回していたナイフを手に、彼を見下ろす大翔がいた。無表情でじっとナイフの刃を男に向けている。その構図はどう見ても、大翔に分がある事を示していた。

 沈黙の威圧。

 大翔の立ち姿は、まさにそんな感じだった。彼の無表情な瞳が、相手の出方によっては容赦なく攻撃する事を告げている。

「ち、ちくしょう!」

 完全に気圧され、捨て台詞と共に男がよたよたと立ち上がって、転がるように闇夜に姿を消す。気配がなくなったのを確認すると、大翔はナイフを下ろし、ゆっくり美玲の方へ向き直った。

「大丈夫?」

「は……い」

 周囲に散らばった美玲の荷物を集め、大翔が手を差し出す。美玲はまだ恐怖で震えながら、その手をとった。

「あの……」

「悲鳴が聞こえた」

 アパートはすぐ側にある。辺りは住宅地でこの時間は殆ど音がしない。その闇の中、美玲の悲鳴はよく通ったようだった。
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