RED ROSE


 少しずつ、少しずつ、キスが深くなる。ぎこちなく舌を絡ませる美玲を包むように、大翔が応えてきた。そしてそのままゆっくりと、二人は床に崩れ落ちた。ゆっくり、大翔のシャツのボタンを外し、胸に刻まれたあのTATOOを見る。

 ――どんな気持ちでこれを彫ったんだろう。

 黒十字架に、まるで泣いているように絡みつく紅い茨。美玲はそっとそれに唇を寄せ、舌を這わせた。大翔の吐息が、頭の先で聞こえた。

 嬉しい。もっともっと、癒してあげたい。せめて今だけでいい、苦しみから解放してあげたい。

 大翔の指が、柔らかく美玲の服を脱がせてゆく。美玲は初めて、甘い声を洩らした。

 そうか……。好きな人との行為は、こんなに気持ちいいんだ。

 体の奥から滲み出てくる快感の波。その一つ一つが新鮮で甘くて愛おしい。

 大翔の指、大翔の唇。それらによって紡ぎだされる甘い感覚。

 意志では止められなくなった声を、大翔が唇で塞ぐ。そのまま二人でもつれるように抱き合った。

 耳たぶをくすぐる吐息。柔らかく肌を滑る指先。触れ合い、重なり合う互いの鼓動。生きている。今、自分たちは生きている。

 生きてこうしていられる事への感謝の気持ちが、心臓から沸き出してくる。悦びで、頭の奥が溶けてゆくのが判った。

 もっともっと、大翔を知りたい。そして、大翔にも自分を知ってほしい。そんな思いから、美玲が大翔の下腹部へと掌を這わせた時だった。

「ごめん」

 その手を掴み、大翔が囁いた。

「――ごめん、できないんだ」

 すまなそうな大翔の言葉に、美玲は恐る恐る顔を上げた。

「ごめんなさい、あたし……」

 不安を口にすると、大翔はゆっくり首を振った。

「きみのせいじゃない。勃たないんだ」

 そう言って、大翔が美玲から体を離す。美玲は慌てて起き上がり、大翔を見た。

「あの日、笹原さんの奥さんを犯そうとしたあの日から、駄目になったんだ……。あの時のおぞましさが、忘れられなくて……」

 大翔の指が、少し哀しげに美玲の頬に触れる。その仕草で、美玲は自分が泣いていたんだと知った。

「ありがとう」

 ふわりと大翔が美玲を抱きしめた。

「嬉しかったよ」

 そのまま唇を塞がれる。美玲は静かに目を閉じ、大翔を抱きしめた。




 結局そのまま、最後までいく事はなかったが、美玲はとても幸せだった。初めて味わう人生の充実感と生の満足感に包まれ、大翔の腕の中で、夜明けを迎えようとていた。
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