RED ROSE
「ごめんね」
ベッドの中、後ろから美玲の銅に腕を回していた大翔が囁いた。
「何が?」
甘えた声で訊き返すと、大翔はシーツ越しにしっかりと美玲を抱きしめた。
「きみを守ると言ったのに、俺はただ、きみが暮らせる場所を提供しただけで何もしなかった。きみの気持ちも知っていたのに、何度も拒絶した」
美玲は静かに首を振ったが、胸は正直に痛みを発した。
「怖かったんだ」大翔の声は続く。
「心を手放し、二人の人間の命を奪った俺が、誰かに愛される資格なんてないと思ってた。普通に暮らしちゃいけない。そう思ってたんだ」
今なら判ると、大翔の腕の中で美玲は思った。思えば大翔はいつも、思い詰めたような顔をしていた――。だからきっと、苦しめていたのはお互い様だったに違いない。
「美玲ちゃんは、生まれも育ちもここなんだよね?」
不意に大翔が話題を変え、美玲は頷いた。
「じゃあ、流れ星とか見た事ないよね?」
「うん」
「俺の生まれ故郷の街は海が綺麗で、夜空もとっても綺麗だった」
星も流れ星も児童館のプラネタリウムでしか見た事のない美玲は、大翔の話に想像を膨らませてみたが、うまくいかない。自然の夜空を見てみたいと素直に思った。
『――いつ、こっちに?』
突然、何の前触れもなく、美玲の頭に菅原の言葉が甦った。
それは、父が母に殺された夜。霊安室のドアを開けた時に聞こえてきた、大翔と菅原の会話だった。
『たまには、帰ってるのか?』
『いえ』
『そうか……』
次いで、菅原が非番の日にバイト先を訪れ、ファミレスで話をした時に口走った言葉が甦る。
『それで一度も……』
そうか、そうだったんだ……。あの時は、菅原が何を言っているのか全然判らなかったが、あれはこういう意味だったんだ……。
「……帰らないの?」
静かに訊いた美玲に、大翔は首を振った。
「帰らない」
帰らない。大翔はもう一度そう言うと目を閉じ、更に強く美玲を抱きしめた。
「もう、いいんだよ……」
美玲はそう囁き、自分を抱く大翔の手に自分の手を重ね、強く握りしめた。
「羽ばたいて……」
東の空から、春の太陽がゆっくりと、二人のいる部屋を照らし始めている。大翔がゆっくり、閉じていた瞼を開けた。