beautiful love ★ 俺様boyと天然girl

幼なじみの恋

「あれ……?」

そういえば。

早手がいない。

さっきまで、すぐ近くにいたはずなのに。

辺りを見回す。

たくさんの人。

いくつも並ぶ屋台。

その向こうに。

見慣れた後ろ姿を見つけた。

「……早手?」

もうあんなところにいる。

しかも、こっちを振り返ることもなく、どんどん先へ歩いていく。

「ちょ、早手……!」

…………。

もしかして。

さっきの。

聞かれてた……?

『可愛いでしょー♪ 俺の彼女♪』

…………。

いやいやいや!

違うから!

「慎!」

「ん?」

「早手、行っちゃった!」

「え?」

慎も人混みの向こうを見る。

「あー……ほんとだ」

「どうしよう……」

早手の姿が、どんどん人の中に紛れていく。

「早手!」

呼んでも止まらない。

もう。

何で行っちゃうの……!

私は綿あめを持ったまま、慌てて早手のあとを追いかけた。

カラン、カラン。

急いだせいで、下駄がうまく足についてこない。

「……っ」

痛い。

さっきより。

痛くなってる。

それでも、このまま早手を見失う方が嫌で。

「早手、待って!」

人混みの向こうへ遠ざかっていく背中を追って、痛む足を必死に動かす。

だけど。

「あ……」

前を歩いていた人たちに、一瞬だけ早手の姿が隠れた。

その人たちを避けて、もう一度前を見る。

「…………早手?」

いない。

さっきまで。

そこにいたのに。

「早手……!」

背伸びをして辺りを見回しても、見えるのは知らない人ばかり。

右を見ても。

左を見ても。

早手がいない。

「……水乃!」

後ろから声がして振り返る。

「慎……」

「早手は?」

「……分かんない。見失っちゃった」

慎も辺りを見回す。

「マジかよ……あいつ、どこまで行ったんだよ」

「…………」

せっかく。

今日は早手と花火を見られると思ってたのに。

何で。

こんなことになっちゃったんだろ。

「水乃、とりあえず一回休もう」

「でも、早手探さないと……」

「その足で?」

言われて、何も返せなくなる。

足はもう、じっとしていても少し痛い。

「電話すればいいだろ。早手もそのうち気づくって」

「……でも」

「この人混みの中で探し回ったって、余計はぐれるだけだって」

そう言って、慎が人の流れから外れた道を指差した。

「ちょっと向こう行こうぜ。座れるところ探そ」

「……うん」

早手がいないか何度も振り返りながら、慎についていく。

屋台の明かりが少しずつ遠ざかって、賑やかだった声もだんだん小さくなっていく。

しばらく歩いたところで。

「あ、神社ある」

慎が指差す。

大通りから少し外れた場所に、小さな神社があった。

「ここなら座れそうじゃん」

「……うん」

境内には花火を見に来た人が何人かいるくらいで、さっきまでの人混みが嘘みたいに静かだった。

石段に腰を下ろす。

「……はぁ」

やっと足を休ませられて、少しだけ力が抜けた。

「ほら。やっぱ痛ぇんじゃん」

「……ちょっとだけ」

「強がりすぎ」

「だって、これくらいでみんな止めるの嫌だったんだもん」

「誰もそんなこと気にしねぇって」

「慎はそう言うけど……」

「俺だけじゃなくて、優希も真澄もそうだろ。早手だって休むかって聞いてたじゃん」

「……それはそうだけど」

慎が私の顔を覗き込む。

「つーか、水乃さっきから早手のことしか見てねぇじゃん」

「えっ?」

「ここ来る途中もずっと後ろ見てたし」

「だって……はぐれちゃったから」

「分かってるって。別に責めてねぇよ」

慎はそう言って笑う。

「早手もそのうち気づくだろ」

「……怒ってるかな」

「さあ? あいつ分かりやすいくせに、変なとこ面倒くせぇからな」

「慎に言われたくないと思う」

「何でだよ!」

「慎も結構面倒くさいもん」

「ひでぇ! 俺ほど分かりやすい男いねぇだろ」

「自分で言う?」

「言う。俺、素直だから」

「はいはい」

「絶対信じてねぇじゃん!」

慎が大袈裟に肩を落とすから、思わず笑ってしまう。

「……ふふっ」

「あ、やっと笑った」

「え?」

「さっきからずっと暗い顔してたから」

「そんな顔してた?」

「してたしてた。せっかく浴衣まで着てんのにもったいねぇぞ」

「……慎ってば」

「まあ、俺は最初から可愛いって言ったけどな!」

「それはもう聞いたよ」

「何回言ってもいいだろ。今日の水乃、マジで可愛いし」

「もういいってば」

そう言いながらも、少しだけ気持ちが軽くなった。

やっぱり慎は慎だ。

こういう時。

何も聞かずに笑わせてくれる。

その時。

ヴーッ、ヴーッ――

「……!」

携帯が震えた。

画面に表示された名前を見た瞬間、胸が跳ねる。

『早手』

「早手から?」

「……うん」

すぐに通話ボタンを押す。

「……もしもし」

『水乃、今どこ?』

聞こえてきた早手の声に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

「神社……。人混みからちょっと離れたところにある」

『神社?』

「うん。えっと……」

辺りを見回して、神社の名前を確認する。

「○○神社って書いてある」

『○○神社な。分かった』

電話の向こうから聞こえる声が、少しだけ息を切らしている。

もしかして。

探してくれてたのかな。

『そこ動くなよ』

「……うん」

『今行くから』

それだけ言って、電話は切れた。

「早手、来るって?」

「……うん」

携帯を握ったまま頷く。

よかった。

ちゃんと来てくれる。

もう少し待ってたら。

早手と一緒に花火見れるよね。

そう思った時。

ドンッ――――!

「……っ!」

突然、大きな音が響いた。

顔を上げる。

夜空いっぱいに、大きな花火が開いていた。

「……始まった」

慎の声。

続けて、ドンッ、ドンッと大きな音が響く。

赤。

青。

金色。

神社の木々の隙間から見える花火は、思っていたよりずっと綺麗だった。

「すげぇな」

「……うん」

綺麗。

すごく綺麗なのに。

隣を見る。

そこに。

早手はいない。

「…………」

今日。

ずっと楽しみにしてた。

浴衣も。

髪も。

いつもより頑張った。

早手と一緒に花火を見るのが楽しみで。

早手の隣を歩くのも。

本当は。

手を繋ぐのだって。

ずっと楽しみにしてた。

なのに。

「…………早手」

気づけば、小さく名前を呼んでいた。

もう一発。

大きな花火が夜空に開く。

周りの人たちは、綺麗って笑ってる。

私も。

笑いたかったのに。

「……水乃」

慎に呼ばれて、そっちを見る。

「ん?」

「…………」

慎は何も言わずに、私の顔を見ていた。

「なに?」

「いや……」

そう言って、いつものように少し笑う。

「そんな顔すんなよ。せっかくの花火だぞ」

「……そんな顔って?」

「今にも泣きそうな顔」

「…………」

そんな顔。

してたんだ。

「ごめん……」

「何で俺に謝んだよ」

慎が少し笑う。

「早手、来るって言ってんだろ?」

「……うん」

「じゃあ、そのうち来るって」

「……うん」

分かってる。

分かってるけど。

「……一緒に見たかったな」

「…………」

「今日、早手と花火見るの……すごく楽しみにしてたから」

言ったら。

余計に寂しくなった。

「……そっか」

慎の声が、少しだけ低くなる。

それからしばらく。

二人で花火を見た。

慎はいつもみたいに騒がなかった。

私も、何も言わなかった。

ただ、花火が上がるたびに。

早手。

まだかな。

今どこにいるのかな。

そんなことばかり考えてしまう。

ドンッ――――。

また、大きな花火が開く。

「……水乃」

「ん?」

慎を見る。

「俺じゃ……ダメ?」

「……え?」

何のことか分からなかった。

「慎……?」

「俺だったら、そんな顔させねぇのになって」

いつもの慎じゃない。

笑ってない。

真っ直ぐ、私を見てる。

「何……言って……」

「ずっと俺が隣にいるのに、水乃ずっと早手のことばっか考えてんじゃん」

「…………」

慎の声は怒っているわけじゃなかった。

ただ。

少しだけ苦しそうだった。

「俺だって……」

慎が何かを言いかけて、やめる。

「……慎?」

その時。

慎の手が私の頬に触れた。

「え……?」

いつもなら。

ふざけて頭を撫でられたり、後ろから抱きつかれたりしても、慎だからって何とも思わなかった。

なのに。

今は。

違う。

「慎……?」

近い。

そう思った時には、慎の顔が近づいてきていた。

「ちょ、待っ――」

唇が重なった。

「……っ!?」

え……?

なに?

何が起きてるの?

目の前には慎がいて。

頬には慎の手が触れていて。

唇には。

慎の唇が触れてる。

「…………っ」

慎が。

私にキスしてる……?

なんで?

どうして慎が?

頭の中がぐちゃぐちゃになって、離れなきゃいけないのに身体がすぐに動いてくれない。

ドンッ――――。

大きな音と一緒に、夜空いっぱいに花火が広がった。

その音にびくっと身体が揺れて。

やっと。

慎の唇が離れた。

「……っ、慎……?」

息をすることも忘れていたみたいに、慌てて息を吸う。

何が起きたのか分からないまま、慎を見る。

「何……して……」

聞きたいことはたくさんあるのに。

言葉がうまく出てこない。

だって。

慎だよ?

ずっと友達だった慎が。

なんで私に……。

「…………水乃」

慎が小さく私の名前を呼ぶ。

「え……?」

その顔を見た瞬間。

胸がざわついた。

待って。

なんか。

いつもの慎と違う。

「慎、ちょっと――」

言い終わるより先に。

もう一度。

唇が重なった。

「……っ!」

待って。

ダメ。

今度は。

さっきみたいに何も分からないわけじゃない。

慎がキスしてるって。

ちゃんと分かる。

分かるからこそ。

余計に焦る。

「んっ……慎……」

離れなきゃ。

早手が来る。

さっき電話で。

『今行くから』って。

ここに来るって。

「……っ」

慎の胸元に手を置く。

なのに、焦れば焦るほど身体にうまく力が入らなくて、頭の中には早手のことばかりが浮かんでくる。

どうしよう。

早手。

早手が来ちゃう。

こんなところ。

見られたら。

違うのに。

私。

こんなの望んでないのに。

「慎……っ、待って……」

ようやく声が出て。

慎の胸を押す。

「……やめてっ」

唇が離れる。

すぐに身体を引いて、慎から距離を取る。

「はぁ……っ」

心臓がうるさい。

何が起きたのか。

まだちゃんと整理できない。

「何してるの……慎……」

自分の声まで震えてる。

慎は何も言わない。

ただ、さっきまでとは違う顔で私を見ていた。

「ダメだよ……こんなの」

どうしよう。

早手。

早手に。

ちゃんと説明しなきゃ。

そう思った、その時。

ザッ――。

砂利を強く踏む音がした。

「…………え」

心臓が止まりそうになった。

まさか。

ゆっくり。

神社の入口を見る。

「…………早手」

そこには。

息を切らした早手が立っていた。

私と慎を。

見ていた。

「…………」

いつから……?

どこから見てたの……?

一気に血の気が引いていく。

「早手、違っ――」

声が。

震えた。
< 191 / 394 >

この作品をシェア

pagetop