beautiful love ★ 俺様boyと天然girl
早手Side

「神崎! 遅い!」

「っ……すみません!」

コーチの声が飛んできて、慌てて意識をコートに戻す。

分かってる。今日の俺は、全然集中できてない。

パスを受けても判断が一瞬遅れるし、いつもなら自然に見えてるはずの周りの動きも、今日は妙に頭に入ってこない。

原因なんて分かりきってる。

水乃。

それと、慎。

少し気を抜けば、さっき聞いた2人の会話が頭の中で何度も繰り返される。

明後日から始まる3連休。

……あいつ、結局慎と行くのかよ。

前に慎が水乃をデートに誘ったことは知ってる。

あの時は、まだ返事をもらってないって言ってた。

だから勝手に。

行かないんじゃないかって思ってた。

いや。

行ってほしくないって思ってた。

なのに、さっき聞こえてきた会話で分かった。

水乃は行く。

慎と。

俺とは一緒に帰ることすら避けるくせに。

最近ただでさえ、慎と一緒にいることが増えた。

休み時間も。

放課後も。

帰り道も。

気づけば慎が水乃の隣にいる。

そのくせ俺とは、1日まともに話さない日まで出てきた。

家が近いのに、帰り道ですらほとんど会わなくなった。

俺が話しかければ普通に返す。

でも、水乃から俺のところに来ることはない。

俺が近づけば、少しずつ離れてく。

なのに慎からは離れない。

慎とは笑う。

慎とは帰る。

今度は慎と出かける。

……何なんだよ、それ。

「早手!」

真澄の声と同時にボールが飛んできて、咄嗟に受け取る。

そのまま中へ切り込んで、目の前のディフェンスを抜こうと一気に踏み込んだ。

「っ……!」

足元がずれて、バランスを崩した。

咄嗟に床へ手をついた瞬間、手首に鈍い痛みが走る。

「早手!」

「神崎!」

一度プレーが止まり、近くにいた真澄がすぐに寄ってきた。

「大丈夫か?」

「……平気」

立ち上がろうとしたけど、床についた方の手に力を入れた瞬間、また痛みが走る。

こんなことでミスるとか。

最悪。

完全に自分のせいだ。

それを見ていたコーチが俺のところまで来て、手首を確認する。

「平気な顔してないだろ。ちょっと外れろ」

「できます」

「いいから。一回冷やしてこい」

「…………」

大したことない。

少し捻っただけだと思う。

それでもコーチに言われたら仕方なくて、俺はコートを出た。

「マネージャー、いないのか?」

コーチが辺りを見回して、少し離れたところにいた水乃を見つける。

「修原!」

「はい!」

水乃が振り返った。

「神崎をサポートしてくれ」

「いや、自分で冷やせます」

水乃が何か答えるより先に、俺はそう言った。

今、水乃と2人になりたくない。

なったら絶対聞く。

明後日、慎と行くの。

俺とは帰りもしないのに、何で慎とは行くの。

そんなこと聞くに決まってる。

「いや、修原。頼む」

「…………」

一瞬だけ、水乃と目が合った。

「……はい」

水乃は救急セットを持ってくると、俺の前に立った。

「……行こ」

「…………」

結局何も言えないまま、水乃の後について体育館の2階にある手当て用のスペースへ向かった。

壁際まで行って床に腰を下ろす。

水乃も救急セットを俺たちの間に置いて、すぐ目の前に座った。

「手、見せて」

差し出した手を、水乃がそっと取る。

その瞬間。

さっきまであんなに腹立ってたのに。

触れられただけで、少しだけ気持ちが落ち着いた。

「……ちょっと腫れてる」

水乃の表情が変わる。

俺の手首を見つめる目が真剣になる。

「……ここ?」

「……あぁ」

腫れているところを確かめるように、指先が触れた。

「っ!!!」

思わず腕に力が入る。

水乃がすぐに顔を上げた。

「ほら、大丈夫じゃないじゃん……」

「…………」

それだけ言うと、水乃はまた手元へ視線を戻した。

そこからは、ほとんど喋らない。

俺の手首を支えながら状態を確かめて、必要なものを取り出す。

慣れた手つきで冷やして、痛むところに負担がかからないように手当てしていく。

俺も何も言わず、されるがままになっていた。

「…………」

水乃が近い。

床に座ってるから、いつもより余計に近く感じる。

少し俯いた顔も。

頬にかかった髪も。

俺の怪我だけを見てる目も。

全部、俺のすぐ目の前にある。

今は俺のためにここにいる。

今は慎じゃなくて。

俺を見てる。

そう思っただけで。

どうしようもなく嬉しくなる。

「…………」

バカみたい。

俺のこと避けてるくせに。

明後日は慎と出かけるくせに。

それでも、こうやって俺の手を取って心配してくれるだけで、まだ俺のこともちゃんと気にしてるんじゃないかって期待する。

伏せられた目を見ながら、胸の奥が苦しくなる。

かわいい。

好き。

やっぱり、こいつがいい。

何回腹立っても。

どれだけ嫉妬しても。

慎の隣にいる水乃を見るたびに嫌になっても。

それでも。

俺が隣にいてほしいのは、水乃だけだ。

「…………」

手当てを続ける水乃の指先を見ていて、ふと気づいた。

少しだけ、震えてる。

慣れた手つきは変わらないのに、俺の手首を支えている指だけが僅かに震えていた。

「……水乃」

「ん?」

すぐに顔を上げる。

「何?」

何で震えてんの。

俺のこと心配してんの。

だったら。

何で俺から離れんの。

聞きたいことがいくつも浮かんだ。

でも、どれも口にできなかった。

「……別に」

水乃は少し不思議そうに俺を見る。

それからまた手元へ視線を戻した。

「……大丈夫?」

「……あぁ」

短く答える。

本当は。

怪我なんかどうでもいい。

今はこのまま、俺だけ見ててほしかった。

水乃が俺の目の前にいて。

俺の手を取って。

俺のことだけ気にしてる。

それだけでよかった。

なのに。

「慎! ナイス!」

下のコートから大きな声が響いた。

「うわ、また入った!」

「慎すげー!!」

「今日調子よすぎだろ!」

「…………」

水乃の手が止まった。

嫌な予感がした。

水乃が顔を上げる。

そのまま2階からコートを見下ろした。

「…………」

やっぱり。

視線の先にいるのは慎だった。

シュートを決めて。

周りから声をかけられて。

コートの真ん中で笑ってる。

その慎を。

水乃が見てる。

「…………」

何で。

何でまた慎なんだよ。

今、俺の手当てしてんじゃん。

今、俺の目の前にいるじゃん。

なのに。

慎の名前が聞こえただけで、そっち見るの?

明後日も慎。

学校でも慎。

帰りも慎。

今まで俺の隣にいたのに。

最近は、どこ見ても慎が水乃の近くにいる。

俺からは離れるくせに。

慎には自分から近づいてく。

「……んな」

声が勝手に漏れた。

「え?」

水乃がこっちを見る。

一瞬だけ。

でも、また慎のいるコートへ顔を向けようとした。

嫌だ。

もう。

それ以上、あいつ見んなよ。

頭より先に体が動いた。

「見んな!」

「っっ!!」

水乃の頬を両手で包んで、強引になりすぎないよう、その顔を俺の方へ向かせる。

「は、早手……?」

驚いて大きく開いた目。

やっと。

俺だけ見た。

「…………」

胸の奥がぐちゃぐちゃだった。

水乃が誰を見るかなんて、水乃の自由だ。

慎と出かけるのだって。

慎と笑うのだって。

俺たちはもう別れてる。

そんなの分かってる。

分かってんのに。

無理。

嫌なもんは嫌だ。

「……早手?」

目の前で、水乃が俺の名前を呼ぶ。

それだけで、また胸が苦しくなる。

何で。

俺じゃねぇの。

俺はこんなにお前が好きなのに。

慎のことなんか見んなよ。

明後日だって行ってほしくない。

俺以外のやつの隣で笑ってほしくない。

俺から離れて。

慎の方に行こうとすんなよ。

「…………」

水乃の頬に触れたまま、その目を見つめる。

今だけじゃ足りない。

ずっと。

俺だけ見ててほしい。
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