人生の楽しい終わらせ方

 21


――がしゃん、と、大きな音を立てて、錆びたフェンスが、眼下の道路に叩き付けられた。

脆くなった古い金属は、衝撃でばらばらになってしまっただろう。
まるで、血が飛び散るみたいに。

今の音に、誰か気付いただろうか。
今は誰にも見られていなくても、朝になって明るくなれば、誰かがあれに気付くだろう。
それが、この廃ホテルの屋上から落ちたものだということにも。
人が入り込んだ痕跡も、見つかってしまうかもしれない。
そんなこと、今は正直いってどうでもよかった。

両手から力を抜く前に、その下の喉が、ごくりと音を鳴らした。
呼吸も嚥下もしづらそうだ。
軽い力とはいえ、首を絞められていれば当然だろう。
サエキはカナタを見て、掠れた声を出した。


「落とさないの」
「言ったじゃん。勿体ないって」


拳銃自殺を強く勧めなかったのも、頭部に外傷を負えば、せっかくの綺麗で不思議な髪が、血や色々なものに汚れてしまうと思ったからだ。
カナタは、彼女のこの冬の夕暮れみたいな寒々しい髪の色が、わりと好きだった。

首を解放されたサエキは、そのままずるずると座り込んだ。
カナタが思いきり背中を叩きつけた、そのすぐ隣のフェンスは、今はない。
横目でぽっかり抜け落ちた空間を見るサエキに、カナタは唇を歪めた。


「落ちなくてよかった? それとも残念? もしかしたらサエキさんがああなってたかもしれないね」


笑いながら言うカナタを、サエキが見る。少し眉を顰めていた。

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