人生の楽しい終わらせ方

サエキは俯いて、眉を歪めて、カナタの体を叩くように押し戻した。
はじめての抵抗らしい抵抗に、カナタは逆らわずに二歩ほど下がる。


「……あんた、私に、なにを言わせたいの」


サエキの声は、唸るような低い声だった。


「私のなにを暴きたいの」


冷たい風が、サエキの前髪をさらう。
怒っている、とカナタは思った。
今までに見たことのある、不機嫌や八つ当たりや不貞腐れや、怯え混じりのものなどではなかった。


「私がなんて言えば満足? そうだって言えばいいの。それとも違うって言って全部吐き出せばいいの。私になにを求めてんの? 自分より悲惨な人間が見たいわけ? それとも自分が一番可哀想だと思いたいの。あんたになにがあったかなんて私は知らないけど、でも」


サエキは突然、言葉を失った。
カナタは一瞬、風の音に掻き消されてしまったのかと思った。
だが、口が動いている様子はない。
顔は下を向いたままだった。
表情は窺えない。

名前を呼ぼうかとカナタが口を開きかけるまで、サエキは黙ったままだった。
時間にすれば、きっと数分もなかっただろう。
だがつい今までの険悪な空気のあとでは、あまりにも居心地が悪くて、カナタは手を上げようとした。

その時だった。
サエキが手を伸ばして、カナタの腕を掴む。
ナイフが落ちる。
見た目だけは立派なナイフは、ボールペンが落ちるのと変わらない音を立てて、屋上に転がった。

「サエキさ、」カナタの発した声は、風どころか、呼気にも紛れそうなほど小さい。
サエキは腕を引いたまま、なにも言わずに歩き出した。

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