記憶トリップ
過去 


「今日でお別れだね、ジュン。」


朦朧とする意識の中、俺に話しかけてきた声は随分と聞きなれた声だった。


うぅ……ここは…?


「どうしたの?ひょっとして寝不足?」


随分と幼くて、でも見間違い様がない。そこには小学生時代のスズがいた。そして俺も子供の姿になっていた。


「なんで……お前がここに…。」


見渡すとそこは俺たちがよく遊び場として来ていた公園だった。公園の名前は覚えていないが、俺たちはよく公園にある大きな木の周りで遊んでいた記憶がある。


「なんでって…ジュンが私が転校する前にここに来たいって言ったんじゃない。」


「そ、そうだっけ…?」


一体なんのために?思い出せない。なぜ自分が子供になっているのかも分からない。


「はいこれ、彫刻刀。ジュンの分。」


考え込んでいる俺にスズは何故か彫刻刀を渡してきた。それを見て、俺は思い出した。


そうだ、俺はスズが転校する前にスズを呼び出して、公園の木に将来結婚しようという印を彫ろうと思ったんだ。


小学五年生のころだったかスズは転校して一度俺の前からいなくなった。その時の俺はスズという幼馴染と疎遠になることが嫌だったんだ。だからまた会えるように、お互いを忘れないように、また会おうという約束をしたかったんだ。


何ともロマンチックで恥ずかしい。大人では絶対やらないような。子供だからこそできる約束。


お互いの名前を隣り合わせで彫って、木の下で思い人に指輪を嵌める。すると二人は一生幸せになるジンクスがあるらしい。それを真に受けた俺は、スズを今日呼び出したんだ。


昔の話だ。俺がまだ善も悪もまるで分かっちゃいない純粋に生きていた頃の話。


でも、なんで俺は過去に来たんだ?ひょっとしてこれは夢なのか?


「早く名前彫ってよ、ジュン。」


見ればスズはすでに木に自分の名前を彫っていた。顔を赤くしながら俺が彫るのを待っているようだ。


「うん、やるよ。また会うために。」


あの時そうしたように、俺は彫刻刀で名前を彫っていく。


彫り終えるとスズは顔を赤くしながら待っていた。


「は、早くしてよ…もう。」


こんなにもスズは可愛かったのか…。


俺はジーンズのポッケから指輪を取り出した。といっても、これは本物ではなくおもちゃの指輪だ。さすがに小学五年生で指輪を買えるほどの大金は無かったからな。
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