徒花のリーベスリート
「あなたがついに学習院の御局教授から解放されたと知ったらきっと、世の乙女達は皆狂喜乱舞するわよ。良かったわね、姫巫女の双翼……気高き黒鷹様」
姫巫女を護る騎士達の中でも、特に腕のたつ者二人を双翼と呼ぶ。
彼はその片割れなのだ。
気高き黒鷹とは彼の異名である。
姫巫女である彼女も喜ぶだろう、とは、流石に言えなかった。
彼は微かに苦笑しながら「そんなことないだろ」と私の暴言を嗜める。
幼い頃から続けてきたいつものやり取りだ。
何も変わらない。
「……ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。でもね、“そんなことある”のよ。ご存じ? あなた、今や都中の独身女性達の憧れの的よ」
「まさか。どうせ、姫巫女の騎士が物珍しく見えるとか、そんなところだろう」
「あらあら、随分謙虚ですこと。知らないわよ、その内女の子に刺されないようになさいね」
「無いとは思うが……善処するよ」
……うぅむ。
自信と自意識が過剰な男はウザいだけだが、逆に謙虚過ぎるのも問題ね。
思うに、二つ名や地位ではなく本当の自分を見て評価して欲しいとでも考えているのだろう。
頭が固いというかなんというか。
女性たちに人気があってきゃあきゃあ騒がれてるのは紛れもない事実なのだから、ちょっとは素直に受け入れてみれば良いのに、ね。
政治や戦場では柔軟に動くのが得意なくせに、いざ自分の事になると妙に頑固で融通が利かなくなるのが、彼の短所。
そんなだから、名ばかりの婚約者の存在と彼女への想いに板挟みになって、人知れず苦しむはめになるのだ。
もっと自分の心に素直に、自由に生きればいいのに。
だって、あなたにはそれだけの価値がある。
「せいぜい頑張ってちょうだい。姫巫女様に泣かれたって知らないんだから」
つん、とそっぽを向き、毒を吐く。
傍らで彼が疲れた様な溜息を漏らすのが聴こえる。
横目でちらりと顔色を伺えば、彼の眉間には深い皺が刻まれていた。
……ごめんなさいね。
私はどう足掻いても、心清らかな聖なる乙女にはなれない。
悪役魔女が関の山。
つまらない人間にしかなれないから。
彼には、私に罪悪感など感じずに、婚約解消できて良かったと笑って欲しい。
そして前を向いて、新しい恋を見詰めて欲しいの。
影ではいきおくれだ小心者だと揶揄される私だったが、北風で曇天で毒花な女として彼に嫌われる事には成功したと思う。
一世一代の大勝負。勝ち負けで言ったら私は敗者に当たるのだろう。
しかしこれでいいのだ。目指したものを得たのだから。
何も問題はない。
そう、何も。
「さあ、仕事に戻りましょう。姫巫女様がお待ちよ」
「……そうだな。そう言えば今日は君の授業の日だったか」
「ええ、午後からね。あの娘、今度こそ宿題をやってくれていると良いのだけれど」
「…………」
「何よその沈黙」
「いや、その」
「あぁら、そうなの? ふぅん、そういうこと、ね。うふふ……楽しみね、今日のおしお……こほん、補習はどんな内容にしようかしら」
「………………お手柔らかに頼むよ、教授殿」
「さあ、如何しようかしら。姫巫女様次第よ?」
くすくす、嫣然と笑みながら告げると、眉間の皺を更に深くした彼がさっと立ち上がり踵を返した。
恐らく彼女のもとに飛んで行く心算だろう。宿題をさせに。
相変わらず、騎士は姫巫女に甘い。
姫巫女を護る騎士達の中でも、特に腕のたつ者二人を双翼と呼ぶ。
彼はその片割れなのだ。
気高き黒鷹とは彼の異名である。
姫巫女である彼女も喜ぶだろう、とは、流石に言えなかった。
彼は微かに苦笑しながら「そんなことないだろ」と私の暴言を嗜める。
幼い頃から続けてきたいつものやり取りだ。
何も変わらない。
「……ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。でもね、“そんなことある”のよ。ご存じ? あなた、今や都中の独身女性達の憧れの的よ」
「まさか。どうせ、姫巫女の騎士が物珍しく見えるとか、そんなところだろう」
「あらあら、随分謙虚ですこと。知らないわよ、その内女の子に刺されないようになさいね」
「無いとは思うが……善処するよ」
……うぅむ。
自信と自意識が過剰な男はウザいだけだが、逆に謙虚過ぎるのも問題ね。
思うに、二つ名や地位ではなく本当の自分を見て評価して欲しいとでも考えているのだろう。
頭が固いというかなんというか。
女性たちに人気があってきゃあきゃあ騒がれてるのは紛れもない事実なのだから、ちょっとは素直に受け入れてみれば良いのに、ね。
政治や戦場では柔軟に動くのが得意なくせに、いざ自分の事になると妙に頑固で融通が利かなくなるのが、彼の短所。
そんなだから、名ばかりの婚約者の存在と彼女への想いに板挟みになって、人知れず苦しむはめになるのだ。
もっと自分の心に素直に、自由に生きればいいのに。
だって、あなたにはそれだけの価値がある。
「せいぜい頑張ってちょうだい。姫巫女様に泣かれたって知らないんだから」
つん、とそっぽを向き、毒を吐く。
傍らで彼が疲れた様な溜息を漏らすのが聴こえる。
横目でちらりと顔色を伺えば、彼の眉間には深い皺が刻まれていた。
……ごめんなさいね。
私はどう足掻いても、心清らかな聖なる乙女にはなれない。
悪役魔女が関の山。
つまらない人間にしかなれないから。
彼には、私に罪悪感など感じずに、婚約解消できて良かったと笑って欲しい。
そして前を向いて、新しい恋を見詰めて欲しいの。
影ではいきおくれだ小心者だと揶揄される私だったが、北風で曇天で毒花な女として彼に嫌われる事には成功したと思う。
一世一代の大勝負。勝ち負けで言ったら私は敗者に当たるのだろう。
しかしこれでいいのだ。目指したものを得たのだから。
何も問題はない。
そう、何も。
「さあ、仕事に戻りましょう。姫巫女様がお待ちよ」
「……そうだな。そう言えば今日は君の授業の日だったか」
「ええ、午後からね。あの娘、今度こそ宿題をやってくれていると良いのだけれど」
「…………」
「何よその沈黙」
「いや、その」
「あぁら、そうなの? ふぅん、そういうこと、ね。うふふ……楽しみね、今日のおしお……こほん、補習はどんな内容にしようかしら」
「………………お手柔らかに頼むよ、教授殿」
「さあ、如何しようかしら。姫巫女様次第よ?」
くすくす、嫣然と笑みながら告げると、眉間の皺を更に深くした彼がさっと立ち上がり踵を返した。
恐らく彼女のもとに飛んで行く心算だろう。宿題をさせに。
相変わらず、騎士は姫巫女に甘い。