神様の願いごと

ころんと、胸の中で何かが転がる。

とても小さなひとカケラ。何かのカケラ。まだ透明で色のない、けれど形になりつつある何か。


「明確じゃなくても、とても小さなことでも、ひとに馬鹿にされそうなことでもいいんです。

それが自分の中で特別な思いなら、そこから必ずまたいくつもの大きな夢が生まれるはずだから」


ふと、紗弥の言葉を思い出した。それから、まずいたこ焼き屋のおじさんの願いも思い出した。みんなの笑顔が見たいという、とても小さな夢のモト。

それから、安乃さんがただひとつ常葉に願った夢。


選んで歩いてきた道の最初の方で、目印になっていつまでも立っている。長い長い道の先で、いつかまた迷うことがあっても、後ろを向けばそれがある。

支えになる。だからまた歩き出せる。

最初のナニカ。


「……常葉も、言っていました。些細でも曖昧でもくだらなくてもいいって。自分の中で揺るぎなかったら大丈夫だって」

「ええ」

「前はわたし、ムリだって最初から諦めて、きちんと迷うことすらしてなかったような気がします。まだ、小さなことすら見つけられずに探してるところだけど、でも、見つけたいと、思うようにはなったような……」


ちょっと自信がないのが、弱気になった語尾でばれてしまったかもしれない。

安乃さんはプッと吹き出して、それから軽やかに笑った。


「だったら大丈夫。必ず見つけられます。それに千世さんには、夢の神様がついているんでしょう」

「……その神様、わたしにはニボシしか授けてくれないですけどね」

「あら、何ですかそれ。なんでニボシ?」

「気にしなくていいんです! すごくくだらない話だから!」

「ふふ、なんだか楽しそうね」


だから楽しくなんかないのに。それでも言い返すことはできずに、それこそ楽しそうな安乃さんに笑い返す。

常葉のこと、わたしは悪口しか思い浮かばないけれど、せめて安乃さんの中では素敵な神様でいさせてあげようと思うし。

大切な夢を叶えてくれた、きっと、とても特別な神様。
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