こんな能力(ちから)なんていらなかった



 両親が貴女は優羽だと言うから、その名前を使い今日まで生きてきて、優羽はこうだったと言われるその通りに生きてきた。

 確かに皆が言う優羽と身体に染み付いている習慣が一致することは沢山あった。


 だが、やはりしっくりこないのだ。


 何か大事なことがない。

 自分の中に、周りが話す優羽の中にそれが足りない。

 自分が自分であるための本質的な何かが抜け落ちてしまっているように思うのだ。


 それを知らない限り自分は優羽になれないのだろう。
 自分が本当に優羽になるためにはそれが必要なのだろう。


 だが、それが何なのかはまだ分からない。


 ただ、この三年間で分かったことが二つある。


 腰まで届く長い黒髪の女を見ると不安になる。

 黒髪の男を見ると安心する。


 目覚めた時から身体にインプットされていたこの反応。
 もともとの性質だったのかもしれないし、事故にあったがために染み付いてしまったものかもしれない。


 だが、記憶のない自分にとって、それだけが“千歳優羽は自分である”と証明できるかもしれないものだった。

 そして、優羽が千歳優羽になるために必要なものだった。


 だからこそ青年から話を聞き出す必要があった。


 自分の記憶を取り戻すために。

 自分は青年の知る優羽ではないかもしれない。
 逆に言えば、そうでない可能性も大いにある。



ヒイラギ シオン——



 優羽はあの青年の顔を思い浮かべると勢いよく湯船からあがった。


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