こんな能力(ちから)なんていらなかった



 愕然としている間に医者が呼んだのか、二人の男女が病室に飛び込んできて、彼女の顔を見るなり咽び泣いた。
 やけに見め麗しい男女。

 最初は自分は事故に巻き込まれて、その男女は事故を起こした人かと思った。

 だが、自分の両親であると聞いてやけに驚いたことを覚えている。
 何故ってその二人と自分の顔貌が余りにも似ていなかったから。

 ほぼ他人同然のようなその二人を宥めたり慰めたりすることは大分苦心する作業だった。ようやくのことで話を聞きだせば、酷い交通事故にあったらしい。事故が起きた時の状況は何故か教えてもらえなかった。

 それと自分の名前が千歳優羽であることもその時知った。

 医者からは所謂記憶喪失だと言われた。
 説明を聞きながら、漫画みたいだなーなんて呑気に考えていた。名前どころか自分の年も思い出せないというのに。

 記憶は戻るかもしれないし戻らないかもしれないと言われた。

 そうして今日までの約三年間。

 思い出したことは何一つとしてない。


 だからか、貴女は千歳優羽なのよなどと言われても素直に頷けない。

 しっくりこないのだ。

 過去のものは何一つ見せてもらえず、ただあてがわれた千歳優羽という枠の中に自分は押し込められている気がして、ふとする度に自分は本当は千歳優羽なんかではないのではなんて思ってしまう。


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