こんな能力(ちから)なんていらなかった


 優羽は唾を飲み込むこともできないまま紫音の顔を見ていることしか出来なかった。


「もしかしたらいるかもしれないって思ったけど、世の中はそんなに甘くないってことか」


 紫音はその茶封筒を優羽に返す。


「大事なんだろ?早くしまった方がいいんじゃない?」


 そう言われてやっと関節が曲がった。
 微かに震える指先に気付かれないよう手早くしまう。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」

「……うん」


 優羽も紫音に続いて席を立つ。

 店の外は風が冷たかった。

 紫音も同じことを思ったらしい。


「もうすぐ冬だな」

「……そうだね」


 そっから先は無言で、歩く。
 紫音は優羽の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていた。

 きっと昔は大事な人が隣を歩いていたんだろう。

 二人で。
 手を繋いだりなんかして。


「ねぇ、紫音……?」

「なに?」


 優羽が立ち止まると紫音も立ち止まった。


「紫音は、大事な人が好きだったの?」

「唐突だな……」



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