香る風の果て


甘い香りに呼ばれて振り向いた。


駅前の駐輪場の入り口に植えられた一本の金木犀が、黄金色の花をいっぱいに抱えている。


薄明かりの残る町並みに、街灯が馴染み始めた商店街。駅からまっすぐに延びた道路は、車一台がやっと通ることが出来るほどの一方通行。


商店が賑わっていたのはひと昔前のこと、今では営業している店は数軒だけになっている。


商店街の入口にある精肉店の店先には、数人の客が並んでいる。店員が小さな窓を開けて商品の入った袋を手渡すと、揚げ物の香ばしい匂いが漏れてくる。


その香りに負けたのか、いつのまにか甘い香りは掻き消されていた。


商店街を抜けて、住宅街に沿った歩道のない道路を歩き始めた。通り過ぎていく車のヘッドライトが、先を歩く人の背中を照らし出す。深まりつつある闇の中、街灯の灯りが映えていく。


鼻先を優しい香りが掠めていった。風に乗って夜空へと舞い上がる香りを追い掛けて、空を見上げる。


澄んだ夜空に向かって、まっすぐに伸びた笹が揺れている。道路沿いの住宅を繋ぐしめ縄と紙垂。住宅の門柱に縛り付けられた竹の傍には、小さく頼りない花を無数に咲かせた金木犀。


もうすぐ、秋祭りだ。



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