上司のヒミツと私のウソ
 コピー機のトレイに溜まっている紙の束を取り、両手でそろえて矢神に手渡す。

 差し出した両手が震えていることに気づいて、私はとっさに手を引いた。ばさばさと音をたてて、矢神の足元に紙が散乱する。


 紙を拾おうとして床に手をのばしたとき、涙が落ちた。


 私は散らばった紙をそのままにして、矢神に背を向けた。


「あの、すみません。私、やっぱり今日は帰ります」


 私はバッグをつかむと執務室を走り出た。

 廊下に出たとたん堰を切ったように涙があふれてきて、ビルを出て通りを歩いているときも、地下鉄に乗っているときも、どんなにがまんしようとしても、涙は止まらなかった。

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