上司のヒミツと私のウソ
「あの」


 矢神の後ろから階段を降りつつ、私は数日前から気になっていたことを言おうと決めた。先週、おもいきって安田に頼んでみたのだけれど、矢神に聞けといわれたのだ。


「倉庫にあった『一期一会』のポスター、一枚もらってもいいですか?」


 矢神が階段の途中で立ち止まり、振り返った。


 矢神に頼むのは正直なところ悔しい。

 矢神は、私がこのプロジェクトに影響を受けて企画部に来たことを知っているから。


 矢神が中心になって成功に導いたプロジェクト──『一期一会』の広告が、大好きだということも。


 矢神はまた前を向いて階段を降り始めた。しばらくして、「好きにしろ」という低い声が聞こえた。
< 84 / 663 >

この作品をシェア

pagetop