恋する指先
視線
 色々考えて、結局よく眠れなった。


 眠い目を擦りながら階段を下りる。


「おはよう」


 下から声がして、おはようと返す。


 美織ちゃんはもう出かけようと玄関に向かっていた。


「もう行くの?」


「うん、今日は午前中に撮影、で、午後から大学」


 細身のスキニーにブーツ、上はブラウスにジャケット。


 そんなシンプルな格好が美織ちゃんが着るだけで、たちまちお洒落になる。


 色使い、形、長さ、全部のバランスが絶妙で、美織ちゃんだから綺麗に見える格好。


「早くしないと遅れるわよ。じゃあね!」


 そう言って、玄関を出て行く。


 時計を見ると7時30分。


 あ、本当に遅れそう・・・・・。


 急いで洗面所へと急いだ。




 7時50分。

 いつもと同じ時間に家を出る。

 でも、駅に向かう足取りは遅い。

 昨日の痴漢の事が頭から離れなくて、もっと早く起きて人の少ない時間帯に行けばよかったと思う。

 昨日程ではないけど、座る席はいつも無い電車。

 男の人が隣に並ぶかもしれない、そう思うだけで怖い。

 綾と同じ駅なら良かったのに。

 はあ・・・と小さく溜息をつきながら思い足取りで駅に向かった。




 駅に着くと通勤や登校する人でザワザワとしている人ごみの中で、見慣れた後姿を見つける。


 あ・・・榛くん。


 目ざとく見つけてしまう後姿。


 美織ちゃんの言葉を思い出して、一気に顔が紅潮するのが自分でも分かる。


 好き・・・・・。


 好き・・・とはっきり言えない曖昧な気持ち。


 それが今の自分に分かる自分の気持ちだった。


 好きなのか、幼馴染として慕う気持ちなのか、どこまでが好きでどこまでが慕う気持ちなのかのボーダーラインが、私には曖昧で分からなかった。


 少し前の後姿が振り返って、私を見る榛くんの瞳は今日も眼鏡に隠れてよく見えない。


 
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