恋する指先
「美伊」
 

 そう唇が動いた。

 声は雑踏に消されて私の耳にまで届かなかった。

 振り向いた榛くんはそのまま、まっすぐに私に向かって歩いてくる。

 構内へと進んでいく人の流れと逆らうように、私の方へと歩いてくる榛くんがどんどん近くなってくる。


「美伊」


 はっきりとその声が聞こえた。


 俯きたい気持ちを我慢して、声の方へと視線を向ける。


 人の流れをよける様にすり抜けて、あっという間に私の目の前まで歩いてくる榛くんを、中学の制服を着た女の子達がキラキラした目で追いかける。


 きゃー!!と声にならない喜びの悲鳴を上げながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている姿はなんだか可愛いなって思う。気持ちに素直なところとか、嬉しさが行動に出ちゃうところとか。


「美伊、電車、乗れるのか?」


 見つめる榛くんは、そんな女子中学生の前を通り過ぎて私の肩に手を置いた。

 背の低い私を覗き込むように少しかがんで、眼鏡の奥の瞳に見つめられる。

 長めの前髪に隠れている眼鏡の奥の瞳。

 その瞳はまっすぐに、でも、心配そうに私を見つめる。


「う、うん、多分、大丈夫」


「そっか、ならいいけど」


 肩に置かれた手が離れて、伝わっていた体温が冷えていく。

 

「俺が一緒に乗ってやるから」


「え・・・」


 離した視線を再び私に向けて、榛くんはそう言った。


「昨日の今日で平気じゃないだろう?」


 心配、してくれたんだ。

 私の事、考えてくれたんだ。


 そう思ったら、凄く、もの凄く嬉しかった。


「いいの?」


「何が?」


「一緒に、登校、して・・・。見られちゃうよ・・・?」


 前田さんの事が頭に浮かんで、思っていただけのはずが、口に出していた。


「ん?別に、俺はいいけど」


「そ、そうなの?」


 そうなの?

 昨日まで一度も一緒に登校したことなかったよね?

 っていうか、挨拶もしてなかったよね?

 同じクラスなのに話した事もなかった・・・よね?


 なのに、今日はいいの?


 一緒にいて・・・いいの?





 
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