とけていく…
『友達に戻りましょう』

 それはとてもはっきりとした口調だった。

「…わかった」

 涼も小さくうなずきながら、返事する。

『しばらく会わないよ。あたしに好きな人ができたら、真っ先に教えるから』

 無理をしているのか、彼女の声は、涙が混じっているように彼は聞こえたが、黙っていた。

「…ん。了解」

 謝ってはいけない。なぜなら、彼女の決意を無駄にしてはいけないからだ。これ以上、優しくしてはいけない。それは、同情を意味することになってしまうからだ。

『涼』

 紫は不意に彼の名を呼んだ。

「ん?」

『もっと自分の気持ちに正直になってね』

 "正直"という言葉が、彼の胸に痛いほど突き刺さった。

「俺さ、自分を試そうと思ってる。もうがむしゃらに頑張るしかないからよ。うまくいったら… 伝えてみるよ。自分の気持ち」

 譜面台に置いてある書類を手に取り、素直な気持ちを紫に打ち明けた。

『うん。涼ならできるよ。頑張って』

 鼻をすすりながらも、紫の口調も自然といつも通りになっているのに気が付く。きっと、紫は精一杯の元気を振り絞っているに違いない。

 そんな紫の気持ちを胸に刻み、涼は電話を切ったのだった。

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