とけていく…
 家に仕事を持ち帰ってきた義郎は、書斎でオイゲン・キケロのジャズを流しながら考えにふけっていたのを、ドアの隙間からよく見ていたのを涼は思い出していた。

『一緒に聴いててもいい?』

 彼にはその一言が言えず、いつも父の書斎のドアに寄りかかり外から聴いていたのだ。

「一九七二年にキケロが初来日した時、私はお前くらいだったな。あの頃は、ラグビーばっかだったが、橋本にキケロのレコードを借りて以来すっかりファンになってな。橋本の親父さんに無理言って、コンサートのチケットを譲ってもらったんだ」

「へぇ〜…」

 初めて聞くエピソードに、意外そうな顔をして涼は聞いていた。

「懐かしいな…。もう、ずいぶん聴いてない」

 天井を見つめながら義郎は、懐かしそうに最後の願いとばかりにつぶやいたのだ。涼はドキっとした。

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