とけていく…
 涼は、感情を塞き止めていた壁が、崩れ落ちるのを感じていた。その波は身体中を駆け巡り、涙となって落ちて行く。

「コンクールなんて、どうでもいいよ…! また受ければいいんだから」

 絞り出したその声は、静かな病室に響いた。すると、義郎はゆっくりと首を
振る。口を動かしていたが、その思いは声になって届かなかった。涼、は口元に耳を近づけた。

「…つ …ら …ぬ …け …ゆ …め …を」

 ほとんど空気が空回っていただけのその声を最後に、心拍停止を知らせるブザーが鳴り響く。泣き叫ぶ笑子の横で、医師と看護師による延命治療を施される。物々しい雰囲気が彼の目の前で繰り広げられていた。その様子が、鮮明に彼の脳裏に刻まれていく。そしてそれを見ながら、二年前の記憶が静かに蘇ってることに、涼は気づいていた。それは、指が死んで行く感覚だった。
< 186 / 213 >

この作品をシェア

pagetop