とけていく…
その直後、思い出したようにつぶやいた。

「…あ。アイツにアレを頼まなくてもよかったかもな…」

「あぁ… そうだねー。アイツ、いい加減だから、今日来るかわかんないしねー…」

 彼は、黙って彼らの会話を聞いていた。

「涼にお願いしちゃえばいいんじゃない、パパ」

 真紀の提案に、「そーだなぁ…」と考えながら、マスターが答えているのを見て、話の中身がまるで見えない涼は首を傾げた。

「なに、なんの話?」

 真紀に尋ねる。

「あれよ、あれ」

 真紀はピアノを指差す。すると、マスターが彼女の代わりに口を開いた。

「店で流す曲を生演奏にしようかなーと思ってね。んで、ピアニストを甥にお願いしようと思って声かけたんだけど… まぁ、忙しいみたいだからさ」

 そう言って、マスターは苦笑いを浮かべた。

「今までね、ジャズピアノとか流しててさ。涼は、オイゲン・キケロって知ってる?」

 付け加えるように真紀が言うと、涼は小さくうなずいた。

「名前くらいはね。クラシック音楽をジャズにアレンジして成功した人だろ?」

 彼が答えると、マスターは満足そうにうなずいて見せた。

「そうだよ。よく知ってるね。」

 涼は、彼がまだ幼かった頃、彼の父親が休日に部屋でよくキケロを聞いていた記憶を引っ張り出していた。

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