とけていく…
 風は、完全にやんだ。

「もう、いいかな…?」

 苦笑いを浮かべる彼女。その笑顔が、夢から現実へと引き戻される合図になった。彼女の言葉に、彼は我に返り、すぐさま離れた。

「すみません… 知り合いに似てたもので…」

「いいえ。なんか、訳アリみたいだし…」

 彼女はそう言って、キャップの埃を手で叩いてから彼に差し出した。

 やっぱり…、どことなく、由里に似てる…

 懐かしさが彼の胸を締め付けている。

「よっぽど、大事な人なんだね」

 彼女は微笑みながら歩き出し、彼を追い越して行った。

 魔法ならいつか解けてしまう。夢が完全に醒めてしまう前にと、彼もゆっくりと歩き出した。きっと、もう二度と会うことはないだろう。

 一日限りの気まぐれな魔法—

 そんな風に思いながら、彼は歩いていた。



< 5 / 213 >

この作品をシェア

pagetop